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人権「『自分の国』を問いつづけて−ある指紋押捺拒否の波紋」
          崔 善愛(チェ ソンエ)
【岩波書店】
『自分の国』を問いつづけて  もう12〜13年前になるだろうか、崔善愛さんのお父さん崔昌華(チョエチャンホァ)さんの講演をある隣保館で聞いたことがある。
 そのころの私は、崔昌華さんがNHKを相手取り、損害賠償1円の訴訟を起こしたぐらいの予備知識しかなく、戦時中の「創氏改名」が、現在の日本社会に制度としてではないけれども、存在し、「在日」の人々の人格や誇りを奪うものなのだということなどを、まだぼんやりとしたイメージと少ない知識でしか捉えていなかった。
 崔昌華さんの話は、その当時の私にはよく分からないことが多く、その話す表情から伺える人柄は何となく覚えているが、その話した内容まではっきりとは思い出すことができない。でも、そのなかで、娘さんのことを言っていたな、「協定永住」ってなんだ?とか疑問を持ったことは覚えている。
 その娘さんの崔善愛さんは、大阪に生まれ、1歳から北九州に住み、大学卒業後、大学院、大学講師を務め、アメリカインディアナ大学大学院に3年間留学。現在、ピアニストとしての演奏活動の傍ら、全国各地で「平和と人権」をテーマに講演をおこなっている。
・・とす〜と書いてしまえば、「へぇーすごいじゃん」と思う人はいるかも知れませんが、何のことか分からないと思います。
 「日本人」なら、当たり前に(そう本当に当たり前に)ずっと日本に住むことや海外に行って帰ること、に何の疑問も苦痛も、苦労もしないですむはずが、彼女がいわゆる「在日」3世であるということによって、指紋押捺を課せられ、いったん留学のためでもアメリカに行ってしまうと、再び日本に帰るとことはできない(指紋押捺拒否者に対する当時の法務省の対応=再入国不許可)など、いったい同じ「日本」に生まれた人間として許しがたい苦痛を感じながら生活をしなければならなかった。その人間として当たり前の人権を踏みにじる「国」を相手に若い崔善愛さんは、裁判などでたたかっていく。人の生き方として、同世代の者として本当に頭が下がる。
 たくさん引用したい箇所があるのだが、わずか63ページのブックレットなので買って読んでいただくとして、まずは、福岡地裁小倉支部での指紋押捺裁判での善愛さんの最終意見陳述から・・

(2002年8月)


「象とネズミ」
 今までの私は、自分の苦しさを抑え、我慢する教育を受けてきました。しかしその教育にピリオドを打ち、その苦しさを表し合う教育を始めたい。
 それは、お互い、その苦しさはどこから来ているのか、もっとよく見つめ、より良い関係をつくり成長するためです。その苦しさを隠し、表せない社会に成長はありません。私は苦しみ、それと闘う姿こそ真実であると思います。 「象がネズミを噛んでも、ネズミが象を噛んでも、どちらにしても痛いのはネズミだけ」
といいます。今私は、日本の法という大きな象を噛んでいます。初め国の権力は何も感じなかったでしょう。痛いのは私たちだけでした。しかし今では、多くのネズミが、その身体と人生をかけて同じ象を噛んでいます。噛んでも噛まれても痛いなら、噛まれて自分を失うよりも、噛んで自分を取り戻したいと思うからです。
 私たちに出来るのは、痛いといって表すだけです。
その痛みに気づいてもらうために私は指紋押捺を拒否しました。
 私は、自分の名前も育った環境も裁判によって公表され、再入国も不許可(いったん日本を出ると在留資格を失う)になり、たしかに以前の私よりも傷つけられているようにみえるかもしれません。前の私は表面的には傷ついて見えませんでしたが、よく正直に自分を見ると、その傷は深く、自分の力で癒すことのできないものでした。今私は、外側から傷つけられても、内なる傷はその苦しみを表すことによって、回復に向かっています。その苦しみを抑え我慢する痛みの方が深いのです。
 その痛みのわかる裁判であったでしょうか。
 「事実は真実の敵なり」という言葉がありますが、私という事実もこのこの20年間、周りに合わせることだけを考え、本当の姿から遠ざかっていました。真実を知りながらもそれを現実のものにしようとする努力をしませんでした。まさに敵は自分の心の中にもあります。そんな自分と葛藤をし続けることが大切なのではないでしょうか。
 この判決は多くの人に、ある事実、現実を知らせるでしょう。しかしそれが本当に真実でしょうか。何が真実であり正義であるか、もう裁判官はご存知と思います。
 立場や形を守ることにとどまらず、人の痛みを無視しない判決を期待します。
(P16〜P17より引用)
 この引用文には、いくつの「痛み」という言葉が出てきているだろうか。いったい幾人のネズミが痛みを表せば、この「国」は心を持ってくれるのでしょうか?
(はじめに)のところで善愛さんは、こう書いている。
「たかが指紋、されど指紋」といわれた指紋押捺制度を廃止するのに、半世紀もかかった。法の壁は本当に厚く、そして法を動かしている人のこころは、私の想像よりはるかに固く閉ざされていた。人間より法律のほうが尊いものであるかのようだった。
 そして、(P57)には、現在の状況をあらわしたあとで、こう書いている。
「歴史は繰り返すのではなく、たしかに私たちが繰り返しているのだ。」
また(おわりに)には・・
私は子どものころ、自分を恥じ、卑屈になっていたが、今は同じ道を歩くものとして堂々とその責任を果たすことができるのだと確信し、それを喜びと感じるまでになった。それは指紋押捺拒否の取り組みが、国に対する取り組みであると同時に、自分に対する生き方の問題であったからだった。国のせいにして諦めることからは何も始まらず、自分がどこまで何をしたのかという問いかけであったように思っている。この問いかけの前には外国人も日本人もなく、被害者も加害者もない。ただ逃げることなしに本当のあるべき姿を求めることだと思っている。
 私たちが過去の過ちを繰り返えさないように・・「自分がどこまで何をしたのか」と自分自身に問う生き方を忘れないようにしたいと思う。


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