戦争は嫌だ!ダメだ!やめろ!って言うのは簡単です。
今なら格安でハワイ旅行に行けるって喜んでる人達が、どうしたらアフガンで気勢を揚げ銃をとる子供達の気持ちが解るだろうか?生まれた時から学校にも行かず銃の使い方とイスラム原理主義だけを教えられ他の情報と接触しなかった人達が、どうしたら反戦の言葉が理解できるだろうか?
そもそも平和な世界に育ったボクには、NYCの事件が理解出来ない。何故宗教を修めた者が、標的になる理由が解らない民間人の乗った旅客機をハイジャックして民間企業が入ったオフィスビルに体当たりさせることが出来たんだろう。
宗教の教えには必ず意味がある。その戒律を遵守する事は尊い事だと思う。イスラムの教えは生活の営みの細かい部分まで定められているという。その教えにそって生活すれば神が救ってくれると言うのは解りやすくっていいかもしれない。だが2000年前の話がそのまま現代でも成り立つのかは疑問だ。
そもそもNYCの事件を命令したのは誰なのか?本当にイスラムの神が信者に語ったのか?その言葉を誰が聞いたのか?
今回のNYCの事件と戦争がホントに神の意志ならばしかたない。信じる神のために銃弾に倒れるのも信仰だろう。でも、ホントにそうなのか?タリバンと共に戦う人達がそれを判断できるだけの情報を持って納得しての行動なのだろうか。
お互いに必要なのは同じ情報だ。アメリカ側と世界の情報をタリバン兵は知る必要があるし、タリバン兵と世界の情報もアメリカは理解する必要がある。
アメリカは攻撃を開始した。攻撃目標を絞った作戦だそうだが、民間人を巻き込まない攻撃なんて出来るのだろうか。民間人の盾を避けることは出来るのだろうか?そもそも民間人とタリバン兵を明確に分ける事が出来るのだろうか。
ビンラディンとタリバンの関係、タリバンとパキスタンの関係、ムシャラフとパキスタン軍の関係、パキスタン軍とイスラム原理主義の関係、イスラムとカシミールとインドとパキスタンの関係、確かに問題は簡単な事じゃない。でも人が人を殺すのは良くないって事だけは地球上で最低のルールであって欲しいです。
安全保障は善意や道徳に頼れないんですね。ほんとに嘆かわしい事です。