この戦争はいつまで続くんだろう。米軍のバクダン倉庫の在庫が無くなるまでなんてオチは絶対に勘弁してもらいたい。
国家と個人の関係を考えた。
NYCで亡くなった人達とアメリカ合衆国。
空爆を受けるアフガニスタンと呼ばれる土地に住む複数民族とアフガニスタンという国家。
あたりまえのことだろうが、国家と当事者の温度差は気持ち悪い。爆撃をする国の国民は目標国の事情も考えずに、プロスポーツの観戦やミュージカルやライブやクラブに出かけて楽しんでいる(人もいる)。また、爆撃される国の知識層はとっくに国を離れてしまった(人もいる)。
国家なんかそんなものだ、と思えばそうなんだろうけど、仮にも(国民の指示を受けて)他国を爆撃する覚悟があるのなら、自国が正しいと言う自信があるのならば、国民にもそれなりの態度ってモノがあっても良いように思う。だってホントに大変な事をやってるんだから。
アメリカの作戦を、一部の頭に血が登っちゃった連中がやってるはずが無いと信じてるが、爆撃のあとにあるモノが納得できるモノであるという希望が日に日に薄くなって行く気がする。ホントに勝算はあるんだろうか?あの国は大丈夫なんだろうか?
アフガニスタンと呼ばれる土地でおきている民族紛争は悲しい事だと思う。それはそれぞれの民族の問題だから当事者同士で解決しなくてはいけないことだ。でも、人間の殺し合いを見逃す事はやっぱりおかしい。だからと言って他国が国の利益を判断基準にして一方にだけ援助したり軍事介入したりするのは反則だ。軍事介入して制圧した後に出来る国家や政党が支持されるとは思えない。もし今、アメリカがやろうとしてることがこんな程度の事ならば、もう「うんざり」だ。
アメリカは多民族が同居して国家を成している。アメリカは多民族が自由に同じ国家の環境で生活するモデル国家でもあるかもしれない。だが、現実はどの民族も平等というわけでは無い事を忘れてはいけない。どの宗教も布教活動が迷惑であるように、アメリカのHappyが全ての民族に当てはまらない事を自覚するべきだ。
アメリカはまだ若い。青年には若気のいたりもあるだろう。でも時間が経つ事で、民族問題も過去のことになるだろう。そして遠いい未来には民族問題の意味さえ物理的に無くなってしまう時が来るだろう。