僕はヒートン。どうしても君に伝えたい事があって戻ってきた。たとえ僕の言葉が君に伝わらなくっても構いやしない。でも君にだけは聞いて欲しいんだ。
僕は誰かのために何か出来るなんて思わない。誰かを救えるなんて思ってない。だからといって思いやりなんかくそ食らえって言ってるんじゃない。多分僕だってまったくの無力じゃない。でもそれは僕の思いやりでもなければ、僕の優しさでもない。何かがあるとしたらそれは僕の意思なんかじゃない。それはきっと僕の存在そのものなんだよ。
君は知ってるかもしれないけど、誰かを救うって事がどんなに困難かは体験してみないと解らないよね。簡単に考えていると自分自身が崩壊するよ。誰かの為に何かしようっていう余裕があるうちはいい。でもそれが伝わらなかったり、いつまでたっても好転しなかったりしたら、必ず看病疲れに似た状態になる。心も体も疲れてくる。思いやりが削りとられてズタズタニなる。その結果優しさの対象さえも憎む心が芽生えるかもしれない。それが優しさの限界なんだ。そうなったらなにもかもが成り立たなくなる。でもね本当の戦いはきっとそこから始まるんだ。人を救うっていうのはそういうことじゃないかな。
誰かを救おうと思う気持ちなんか、たかがしれてる。それで誰かが救えると思うのはエゴの押し付けなんだ。思いやりとか優しさってそんなことじゃないよ。それは伝えるものでも、用意するものでもないんだ。きっとそう思った時点でそれは全部インチキになっちまうんだよ。
だったらどうすればいいかって?
簡単な事なんだ。君は君のままでそこにいてくれればいい。それだけで充分なんだよ。優しさは君の存在そのものにしかないんだ。だから存在しなくなったら全てがお終いなんだよ。そんな先に思いやりなんかは絶対に無い。あってたまるか。
人と人は薄っぺらい意思表示で繋がったり支えあってるんじゃないんだ。口先なんかじゃない存在そのもので繋がっているんだよ。だからね、君が一人ぼっちじゃない限り、どんなに辛くっても自分の存在の責任は自分で取り続けなくっちゃいけないんだ。
僕の言葉が君に届かなかったように、きっと僕は君の言葉を理解出来ていないんだろうな。それはとても悲しい事だよ。人と人は究極には理解し合えない事も解ってる。でもね、たとえ僕が君の言葉に賛成出来なくっても、僕は君の考え方を受け入れる努力をするよ。そんな考え方が存在する事実を受け入れるよ。
救いがあるとしたら、もうそこだけかも知れない。
ドナーカードの天使の絵を見た時、僕は息が詰まったよ。ほんとに天使がいるとしたらきっとあの絵そのものなんだろうって思った。それはとっても尊いことだね。でもね優しさとか思いやりって犠牲じゃないって信じたい。不幸せでいていい人なんか一人もいちゃいけないって信じたいんだ。
世界中旅しても見つからなかった青い鳥は、自分の家の庭にいたよね。僕は思うんだ。幸せは自分のそばにあるってことじゃない。もともと幸せは自分の心の中にしか存在出来ないんだ。確かに外には色んな幸せがあるような気がするけど、それは簡単すぎる発想だよ。幸せを外に求めると所有権が発生して競争が起こるだけなんだ。君が幸せを外に求める限り、手に入れても、手に入れても幸せは掴めないよ。幸せは誰かが用意してくれるんじゃないんだ。誰かを愛しく思う心も、何かを大切に思う気持ちも対象物にあるんじゃない。それは自分の心の中にしかないんだ。だからこそ大切にしなくっちゃいけないんだ。誰の心の中にもきっとキレイなものが一つはあるから、必ずあるから、それに早く気がついてそれを大事にして欲しいんだ。それが青い鳥を探す冒険だって僕は信じてる。
僕が思うことは多分正解じゃない。でもね、そういう考え方も実際に存在するって事だけは解って欲しい。僕はそれだけで充分だよ。
僕はヒートン。何処にでもいるちっぽけな存在さ。