No.39

千代田区に「路上禁煙条例」なるものが施行され、愛煙家の方々には、さらに暮らしにくい世の中になりましたね。

10月の条例施行後、早速色んな問題が起き、さまざまな意見が飛び交っているようです。

喫煙家:「千代田区は俺達に来るなって言ってんだろ!」

嫌煙家:「そうは言わないけど、ルールを守る気が無い貴方のような人には来て欲しくない。」

まあまあ。

禁煙(嫌煙)運動の発祥はやっぱりアメリカだと思います。自分達がいいと思った事は人に無理やりでも勧める国民性のムーブメントは、アメリカ国際線の禁煙シートの拡大に伴い、当然のようにアメリカ追従型の日本にも普及してきました。近いうちに国際線は全て禁煙になっちゃうかもしれません。

ボクは電車もレストランもカフェも「禁煙席」があればそっちに行きます。でも、禁煙席のロケーションが悪かったり、狭いところに押し込められたりする位だったら喫煙席でも我慢します。タバコを吸わないのに喫煙シートを一つ占拠するのはマナー違反かもしれませんが、「喫煙席」と書いてない限り選択の自由があるのかもしれません。喫煙しない人にとっては良い世の中ですね。

嫌煙家の人たちにとって漂ってくる煙はそうとう嫌なものらしいです。タバコがもたらす有害性は確かに無視出来ない問題です。嫌煙先進国アメリカではすでに賠償問題に発展しています。

行政は今まで喫煙家のマナーを頼りに「歩きタバコ」「ポイ捨て」をやめましょうとクリーン運動を実施してきましたが、現実は「国民には頼れるマナーさえ無い」という事を確認するだけでした。マナーは全員が守って成立します。一部の人間が自分だけはズルしちゃおうって思ってるようでは成り立ちません。マナーで解決できるのは知能の高い文明社会だけです。でも我々は下等な民族です。民族意識は絶えずマナーの悪い者を基準にに引き下げられます。正直者がバカを見ない世界を創る為には、違反する者に対してルールを作って罰則を与えないとダメなんです。これは本当に嘆かわしい事ですね。

タバコを吸う人は吸わない人よりも多くの税金を払っています。だからポイ捨てをやっていいか?本当はいいんです。こんなこと言うと怒る人がいると思いますが本来タバコは嗜好品で贅沢品です。でも国民総中流意識で、モノだけが先行して意識は下流のまま成長しませんでした。というより日本は支配階級を潰してしまったから上流なんてとっくに滅亡してます。下流のなかから金持ちになろうとする人たちが多くの下流意識の人たちの財布に照準を絞ったのだから仕方ないともいえますが、本来タバコを吸ってはいけない人がタバコを吸っちゃった結果ポイ捨てが目立っちゃったんじゃないでしょうか。ポイ捨てをする人がいれば、片付ける人がいなければなりません。でもホントは逆で片付ける人を雇える人がポイ捨てをしてもいいんです。ブルジョア意識とか階級意識とかを推奨するつもりは毛頭無いけど、国民全部が中流という幻想にはたくさんの落とし穴があるって事は忘れてはいけません。自分の捨てたタバコを拾ってくれる人を自己調達出来ない人は高額な税金を払わなければいけないんです。これは政治の問題だけどタバコ税の中に含まれる街の掃除用の予算が足らないのであれば、充分な税金を徴収してポイ捨てを許可すれば済む事だもんな。

そんな訳でタバコの税金をもっと高くしましょうか。タバコ一箱が5,000円位すれば買える人が減るから当然ポイ捨ても減ります。それでもタバコが吸いたい人はさらに努力して金持ちになればいいんです。一本250円のタバコをポイ捨てするのはちょっとカッコいいかも知れません。そんなタバコのフィルターを20コ拾って持っていくと「労働者」タバコが一箱もらえるなんていうのも面白い。そのかわり「労働者タバコ」のポイ捨てをしたら即逮捕。そうなったら「ボクは将来タバコのポイ捨てが出来るような立派な大人になりたいです」なんて子供が作文に書いたりなんかして。そしたら無気力になってる暇も無く勉強するようになるかもしれません。日本は体面上社会主義国じゃないんだから、資本のある人間の特権はあたりまえですからね。そうすると「労働者タバコ」を「ブルジョアタバコ」に偽造する「偽造タバコシンジケート」なんかが出てきます。それに対して「タバコGメン」が・・・おっといけない、いつものクセが・・・

もしくはクロムハーツの携帯灰皿なんかあったらカッコいいかな?もしくはエビアン・ホルダーみたいに灰皿ホルダーをぶら下げるとか。携帯灰皿がファッションアイテムの一つになれば流行るかな。とにかくクールにタバコを捨てる方法を考えないとね。

タバコくらい投げ捨てたって、街がそんなに汚れるとは思わない人がいるかもしれません。それどころか、そもそも街がきれいである必要が無いと思ってる人がいるかもしれません。そんな人は政治家になって街を汚くしても良い法案を通してください。現在は街をきれいにする事が多数決で決まってるんですから、その街に住みたいのであれば協調する必要があります。

タバコのポイ捨てを無くすことは、本当はものすごく根の深い問題だと思うんです。なぜならそれは人の価値観でもあるからです。タバコのポイ捨てをする人は、タバコのポイ捨てをしても構わない環境に育ってしまった人なんです。そんな環境と価値観をいきなり変えろと言われても、その必要性をリアルに感じることが出来ない為に自分の事として考えられないのかもしれません。例えば、ご飯の前後に「いただきます」と「ごちそうさま」を言う環境に育った人はその行為に何の問題も感じなく実行できます。でもそんな環境に育たなかった人は「いただきます」がバカバカしく思えることでしょう。それなのに他人に「ポイ捨てするな!」といきなり言われれば絶対に反発しちゃいますよね。タバコのポイ捨ても行動の根の深さは「いただきます」「ごちそうさま」と同じレベルじゃないかと思うんです。もし我々があたりまえのようにタバコの後始末ができるようになるとしたら、子供達に見本を見せられる大人の行動が一般化する必要があります。順調に行っても後一世紀くらいはかかるかもしれません。タバコのポイ捨てを無くすのにはそれくらい長期間の努力が必要だと思います。人にかける迷惑を考えるのはその次なのかも知れません。

たまたまボクはタバコを吸わないけれど、そう思うと自分自身にもヤバイことをいろいろ思いついちゃいます。反省することが出来るのも自分の心だけですね。

さてさて、路上禁煙条例というルールを作る事に踏み切った千代田区の決断の結果はどうなるんでしょうか。今後が楽しみになってきました。

 

最近のインテリはタバコを吸わなくなりました。タバコは百害あって一利ないとは言うけれど、一見、意味が無いものってたくさんあってもいいと思うんだけどな。でもそれはまた別のお話。

 

02/10/10

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