イラクで日本人三人が拉致され日本国内で大騒ぎになっている。
ボクはこの事件を戦後日本外交最初の敗北だと思っている。No46でも書いた通り、日本外交の目的が武力での外国の侵略を受けないことだとしたら、いくら金をばらまこうと、外国から尊敬されない国だといわれようと、日本外交は世界に勝利し続けていたと思う。今までに個人レベルでの人質やいざこざはあったものの日本の政策が原因で外国に武力行使されることは無かった。今回の誘拐事件がたんに身代金要求ではなく本当に自衛隊撤退が目的で、その結果日本人に犠牲者が出ることになれば間違いなく日本外交の敗北だといえるだろう。否、生死に関わらず既に敗北したと言ってもいいのかもしれない。
日本は「人道的支援」なる目的で「軍服を着用し武装しているが軍隊ではないモノ」をイラクに送り込んだ。日本人も含めてこのへんてこな解釈をすんなり受け入れてる人がいるんだろうか?人道的支援ってなんなんだ?武装してるのに軍隊でない連中は何者なんだ?日本人でもなんだか解らないものがイラク人に解るはずが無い。
報道によるとイラクには日本の人道的支援を好意的に受け入れ今回の誘拐に苛立っている人々もいると聞くが中にはアメリカ同盟国の軍隊が内政干渉にやってきたと思っている人も大勢いるらしい。どんな状況でどんな質問をしたのか解らないが、「米国の同盟国である日本人が誘拐されても当然だしこれからも誘拐は続くだろう」といった和訳スーパー付きのイラク人インタビュー映像を見た。それでも日本政府は自衛隊は軍隊じゃないし目的は人道的支援だからイラク人の利益になっても害をなすことはありえないと言うしかないが、その政府の方針もただの多数決の結果で日本国内の統一した意思でさえない。日本が自衛隊を送り出す事に反対な人が大勢いるくらいなんだから、受け入れを拒むイラク人が大勢いても全然おかしくない。
人道支援なんていう崇高な目的も結構だがボランティアをなめてはいけない。優しくしたのに冷たくされたとか、尽くしたのに裏切られたとか文句を言うのなら最初からボランティアなんかするな。援助した相手に誠意をわかって欲しいなんていうな。見返りや信頼を求めるな。たとえ殺されても相手に対して恨み辛みを言うな。そもそも相手が望む事に手を貸す事が正しいかどうか誰にも解らないし、自分達がしてあげたい事が正しいかどうかなんて余計に解らない。だからといってボランティアは無駄だという訳じゃない。無駄ではないが正義でもないし公平でもない。ボランティアはマスターベーションじゃないと思いたい。
拉致された三人が無事で帰れることが望ましいのは勿論だ。望んでも望まなくとも親族や関係者はマスコミに担ぎ出されカメラの前に立たされる。マイクを向けられた彼等は国家の立場や体裁を無視してでも身内の救助を要求するべきだ。彼等にとっては捕虜と国家を天秤にかけるまでも無い。自分だって捕虜にされたら逃げ出したいし、身内が捕虜になったら日本の立場なんて考える暇は無い。ただし政治は正義や人道と関係無い。政治は正義の体裁を装った利権の多数意見にすぎない。
今回捕虜になった人達は自分の意志で戦地に向かったそうだが、石原知事がコメントしたように「彼等だって覚悟はしてたんだろうから」と言われても仕方ない。しかし剣術の極意であるかのような死の覚悟なんて容易く出来るモンじゃない。甘く見てるから覚悟なんていう言葉を平気で使うんだ。
ホントのところ我々はイラクでなにが起こっているのかなんて何一つ理解してないし興味がないのかもしれない。そんな最中初めて日本人に危害が及んでやっと自分達の危険に気付きヒステリックになってるんじゃないだろうか。今回はたまたまイラクに興味を持ち現地に出向いた日本人が拉致されたわけだけど、イラク問題なんておかまいなしでプロ野球やチャンピオンズリーグに夢中な普通の日本人が日本国内で拉致される可能性だってあったはずだし、自宅のそばで爆弾テロがあっても不思議じゃない。我々は今更ながら自分に及んでも仕方ないその危機に気付き、その直接的原因だと思える自衛隊派遣、つまりは日本政府にヒステリックになってるんじゃないだろうか。自衛隊を派遣し、他国の国政に干渉するという事はそういうリスクを背負い込む覚悟がいるということだ。政治家がその行為を正当化することも簡単だが、テロリストがそれを逆手に解釈するのも容易い事だ。
もし捕虜の身に何かあった場合、日本はどうするんだろうか?また遺憾であるの一言で済ませ「弱虫国家」と言われるのだろうか?それともイスラエルになる覚悟があるんだろうか?正義なんて誰も知るはずがない。
この誘拐事件が起こる以前にも毎日のようにイラクでたくさんの人たちが死んでいる。日本では今になって自衛隊派遣の正否を問う声が大きくなったが、イラク戦争は今にはじまったことじゃない。日本人みんながこの事件がさも大変な事件で誘拐された3人の安否を真剣に心配しているように見えるが、実は本気で心配してるのは一部関係者だけで、それ以外の人達は野次馬な興味本位だけで目新しいワイドショーネタ程度にしか思ってないんじゃないかと思う。現実はジャイアンツの三連戦三連勝の方が大事な人も少なくないんじゃないだろうか。そんなのナイター中継の視聴率を調べれば解る事だ。今回は捕虜になったのがたまたま日本人だからみんなヒステリックになったけど本気で戦争が嫌なら捕虜がイラク人か日本人かなんてどうでもいいはずだ。そんなのホームランを打ったのがローズか阿部かの差位でしかない。
人間はみんな卑怯でエゴイストだ。自衛隊の撤退が全ての解決になると考える人も、人質の心配をしながら阿部の逆転満塁弾に酔いしれてる人も、それぞれに感じたいままに感じればいい。人の正義とかあるべき姿勢なんて考えたところでナンセンスだ。生き残りたければ宮本武蔵のように卑怯に戦うしかない。卑怯が嫌なら立派に死ぬ覚悟が必要だ。人間なんて所詮そんなもんだし、それでいいんじゃないかと思う。
日本は武士階級が7世紀にもわたって支配した稀な国だ。武士というものは常に大小を腰に刺し、寸毫の侮辱に刀を抜き切り合う覚悟が必要だった。一旦白刃を抜けば命を捨てる事になるかもしれないが、侮辱されたままで生きることは死ぬ事よりも辛い事だったのかもしれない。切り合う事態に至れば必ず生き残らなければならない。死んだものに訊く口は無いからだ。ならば相手を倒す為には手段を選ぶ余裕なんてない。それが剣術だと思う。剣術には身を守る術や方法はないそうだ。よほどの実力差が無い限り敵の剣を受け止めて勝つという方法はないらしい。武芸者同士の立会いならばちょっとでも先によけい斬った方が勝つという。ただし武芸者たちも常に必殺を信条に生きるのは辛すぎる。どれほどの使い手であれ老年におよんで鋭気が衰えれば家庭的で穏やかな生活もしたくなるだろうし、世が平和になれば剣の用法も形式主義に走り意味合いが変ってしまう。「村正の剣は人を斬る邪剣で正宗の剣は身を守る正剣だ」なんて言い出す輩が出てくる。剣術は本来殺伐で必殺のはずが何か悟道的な円熟を目的とする作法に変化してしまう。道で剣を持った刺客に待ち伏せされた場合、剣術の達人ならば別の道を選ぶという、それが剣術の極意らしい。ウソつけ!ボクに言わせればそれは剣術である必要も無いと思う。だがそれを否定し戦わない剣を弱虫と批判すれば未熟とされる。でもホントのところは武芸者自身が剣術の激しさに堪えきれなくなっただけじゃないんだろうか。
余談になるがジョン・ケイジというアメリカの音楽家が4分33秒の間ピアノの前で何もしないでいるのにそれをピアノ曲だと言った。レコードもスコアブックも存在したらしい。勿論ノイズと白紙だ。彼の音楽を絶賛した評論家もいたし、きっちり4分33秒ラジオ放送もされたらしい。ウソつけ!それがピアノ曲である必要がどこにあるっていうんだ。(この手のジョークは嫌いじゃないが、本人がマジメだったらかわいそうな気がする)
武芸者は剣術に疲れ果て剣術を悟道の為のたしなみとすることで死ぬ覚悟から解放された。最近サラリーマンの間で流行った「武士道」は新渡戸稲造が日本人の「忠臣」を西欧人に解り易く紹介するために西欧の騎士道と比較して作った造語だ。武士の時代に武士道という言葉は無かったかもしれないが忠臣を尊ぶ風潮はあったと思う。日本人的とされる忠臣の精神でさえ武士が下剋上の世に疲れ果てて仕方なく出来たものかもしれない。同じように日本の平和外交は崇高な理想や精神鍛錬の賜物なんかじゃなく、戦争に負け戦いに疲れた結果、残された選択肢だったんじゃないだろうか。もしそうなら、世界からテロを無くす為には、我々は今以上にテロの悲劇を繰り返しテロに疲れ果てるしか道が無いのかもしれない。
それでも人間なんてその程度だというしかないんだろうか。