イラクで捕虜になった3人が無事に解放されたそうです。無事でバンバンザイ、全て良しで一息つけそうなのですがそうでもないみたいです。解放された3人は自分達が大騒ぎの原因になったことを自覚してかしないでか、解放された後もイラクに留まり活動を続けたいと発言したそうです。日本ではこれを「いいかげんにしろ!」ととらえる世論が強いようで、小泉総理も自己責任で勝手にやってくれと言い放ったし、公明党の冬柴幹事長は今回の事件に費やした経費の一部を本人や関係者に請求することで自己責任を果たしてもらうともコメントしました。今回の一悶着の後だからとうとう本音が出たんだろうけど、そうでなくこんなコメントしたら辞職モノですよね。
一番恐い思いをしたのは捕虜の三人で、彼等だって日本に帰れば危険から解放されるのは承知のはずです。それでも彼等はイラクに留まることが世界的平和の為に必要だと思ったのでしょうか。「それでもイラク人を嫌いになれません」と涙ながらに語った高遠菜穂子さんのセリフはホントなら美談になるはずだったのに、日本国内ではそうは解釈されなかったみたいです。どこが違ってしまったんでしょうか。
解放された3人の家族は彼等に「まず現実を教えて自分の立場を解からせる」とコメントしたけども、3人には彼らが肌で体験したイラクの現実があって彼等だってその現実を家族に、または日本国民に解ってもらいたいのかもしれない。これって北朝鮮から帰国した人たちと家族と間の意識的溝と似てるような気がします。
「井の中の蛙大海を知らず、されど天の青さを知れリ」という寓話についてNo.54で書きましたが今回のすれ違いもその辺にあるように思います。捕虜の3人は手の届くものしか見えませんから身の回りで何が起きているのか解りません。総理官邸ではあらゆる情報を入手して事件の全体像を把握してるでしょうから真相に迫っているといえます。TVでニュースを見て事件を知った我々も一緒です。ただしそれは全て温度の無い情報が導いた感想にすぎません。その点では局地的であるにしろ捕虜の3人は現実のイラクを肌で感じて知っているはずです。それが天の青さかもしれません。一個人が広さと青さを両立する事は限りなく困難です。どっちが重要なのかはボクには解りません。
どっちにしても無事に解放されて良かったです。新たに捕虜になった二人も、これから捕虜になる人たちもみんな無事に戻れるといいです。皮肉じゃないですよ。そんな形ではじまるコミュニケーションもあるんじゃないかと本気で思っているんです。