No.69

人生に意味があるのか無いのかはどうでもいい。それは個人個人で考えればいい事だ。人生に意味があろうとなかろうと誰もが生れた以上必ず「しなければいけないこと」が一つだけある。働くこと、学ぶこと、趣味を持つこと、親孝行、信じること、尊敬すること、友達をつくること、誰かを愛すること、子供をつくること、子供に愛情を注ぐことetc...、これらは特にしなければいけない事ではない。そうすれば良いと思ってる人が多いだけでこれらが例外なく誰にも幸せな生き方だと決め付けるのには無理がある。つまりこれらは「しなければいけないこと」なんかじゃなく「するべきこと」ぐらいに思っておけば充分だ。それがやりたいと信じられない限り無理してまですることではない。さらに、ご飯を食べること、寝ること、息をすること、これらだって必ず「しなければいけないこと」なんかじゃない。我々誰もが避けようになく必ずしなければいけないことはただ一つ「死ぬこと」それだけだ。

今年のゴールデンウィークは、陶芸をしてゆっくりと過ごすつもりだった。4月28日の夜から車で移動し29日には松本で朝を迎えた。その日は陶芸の土をこねたり美味しいそばを食べに行ったり、のんきな休日を過ごしていた。夕食のすき焼きで満腹になり、うとうとしていた10時過ぎに祖母の急変の連絡が入った

大阪にいる母方の祖母は数年前から病院を離れられない生活をしていた。このところの様態はけして良好でないと理解していたはずなのだが、それは突然の知らせだった。それから一時間くらいして最後のよくない知らせが入った。ボクは身支度を整え11:30には松本を出発して中央道を東京へ向かった。東京に戻るのは葬儀へ出席する用意をする為だ。道路はガラガラだった。大阪と逆方面の車線を延々と110`で走りながらボクはなんともいえぬ不条理を感じていた。

今するべきことはそんな事じゃないだろう。まったくナンセンスだ。世の中というのはどうしてこうも馬鹿馬鹿しいんだろう。深夜に病院に着いたところでどうにもならないことは解ってるし、普段着で葬儀に出席しにくいことも知っている。だけど、そんなのはただの体裁だ。大切にするべきは何なのかは解りきっているじゃないか。

30日に新幹線で大阪に移動し、その日がお通夜になり、翌1日が告別式だった。絶えず気丈さを保っていた母を見るのがかえって辛かったが、ボクには何一つ伝えるべき言葉が見つからなかった。

聞き慣れぬ真言宗の読経の間、ボクは祖母との思い出をたくさん思い返していた。梅田、心斎橋、なんば、御堂筋線、阪急電車の茶色のボディー。大阪の全ての思い出は彼女とともにあった。思い出の中の彼女はいつも元気で笑っていてくれた。出棺の時がきた。彼女の周りをたくさんのお花で飾ってあげた。手を合わせたときに尊敬という念が頭をよぎった。そして心のなかで彼女に最後のお別れをした。何を言ったかはもちろんナイショです。

祖母がいなければ母もボクもいなかった。彼女はもう死ななくっていいんですね。長い人生お疲れ様でした。

 

04/05/06

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kuntan's note