No.71

小学生が小学生を切り殺す事件が起きた。とうとう起きてしまったかと思う気持ちの他に、何故今まで起きなかったんだろうという疑問も生れた。以前の教育と今の教育では何が変わったんだろうか。そろそろ学校の校則に「人を殺してはいけません」という一行を付け足さなければいけないのだろうか。

今回の事件で凶器になったのはカッターナイフだそうだ。現在いくつかの学校では本気でカッターナイフの使用禁止が職員会議の議題にあがってるかもしれない。どこかのPTAは本気でカッターナイフの使用禁止を学校に訴えてるかもしれない。冗談ではなく今回の事件を二度と起こしたくないならばカッターナイフを全面禁止にするのも良いだろう。カッターナイフを使わなくったって学校教育は可能だ。ついでに給食のフォークも危ないから禁止にしよう。シャープペンシルも鉛筆も尖ってるモノは全部禁止。得意の「買わない、書かない、持ち込まない」の3ナイ運動を徹底すればいいだけだ。

凶器だけを排除しても危機管理は不十分だ。いざこざが起こる動機も排除する必要がある。生徒同士が触れ合うから喧嘩が起こる。私語はもちろんインターネットもメールも禁止にしなければ安心できない。クラスメートがいるから殺し合いになる。だからクラスも必要ない。教師と生徒のマンツーマン教育が望ましい。いや生徒と教師を二人にするのも危険だ。体罰やイタズラを防ぐ為に生徒と教師の間は頑丈な防弾ガラスで仕切る必要がある。ラッシュアワーの電車通学も危険だから禁止にしたほうが良い。そう思うと学校教育は危険すぎる。大切な子供を危険にさらしてまで団体教育に拘る必要は無い。学校なんてヤメだ。しかし危険なのは学校だけじゃない。子供は家に帰っても危険が待っている。親と接触するのは危険だから禁止した方が良い。家庭内暴力や虐待が起こる。

危険なのは、なにも子供だけの話じゃない。大人同士も触れ合うから争いが起こる。社会に出るのは危険だから止めた方が良い。さらに男女間も馴れ合うから問題が起こる。ならば触れないようにすればいい。

このように全ての危険を回避しない限り安全な環境は得られない。

しかし男女が触れ合わなければ人類は滅亡するしかない。ならば男女間の諍いは多めに見よう。子供が生れれば育てなければならない。ならば家庭内暴力も虐待も目をつぶらなければならない。人口が増えれば社会ができるだろう。ならば犯罪に巻き込まれるのはしかたない。社会ができれば国家が出来るだろう。ならば戦争も受け入れなければならない。

つまり人類にとって戦争は健康のバロメーターなんだ。

な訳ないだろ!って言える人がいるならば教えて欲しい。同級生に殺される命と、戦争に奪われる命にどんな差があるんだろう。あってはならない殺人と避けられない戦争の差はなんだろう。子供がとっさにやってしまった殺人と、大人が熟慮して行う戦争の差はなんだろう。それでも子供達に命の大切さを語るならばそれらの明確な差を聞かせて欲しい。

何度も言うけどボクにはさっぱり解らない。

 

04/06/06

以前に思った事 '04/05/13へ

back

kuntan's note