教訓には二種類あって、先達の失敗を二度と繰り返してはいけないという種類のものと、後人が失敗するのは目に見えているけど言っても解らない事だから一度くらいは失敗して実際に経験してみるのも悪くないという種類のものだ。恋愛というやつはまさしく後者だろう。
恋愛も恋も幻想だし、永遠の愛など無い。それをボクが説明した所でこれから恋をしようとする人の耳には届かないだろうし、ボクもわざわざそんなことを忠告するつもりは無い。それはおのおのが勝手に気付けば良い種類のことだ。年齢には年齢の花や果実があるんだから、今しか感じられない気持ちを胸いっぱいに深呼吸すればいい。
恋愛は幻想だが存在しないと言ってるんじゃない。その作用は誰にでも起こる。純粋な人だけが純粋な恋をするわけじゃない。人殺しだって恋くらいするだろう。恋愛をネタにした物語は掃いて捨てるほどある。そんなものは全然珍しくない。そんなものに憧れるから実質を忘れてスタイルに走ったりする。人はほっといたって恋をする生きものなんだ。恋に落ちたから一緒にいたいんじゃない。一緒にいるから恋しちゃうんだ。そしてその恋という幻想は確実に脳髄に作用する。誰でも恋すれば夜眠れなくなったり、しょうもない手紙を書いたり、恥ずかしい歌を聞いて涙を流したりする。それらは発情期のネコちゃん達がミャーミャー泣くのと大差無いのだから無理に美しく飾り立てる必要は無い。
誰だって思春期の頃にはアイドル歌手やスポーツ選手なんかにいれあげちゃう時期ってあると思う。でも後になって冷静になるとアレの何が良かったんだろうかと不思議に思ったりもする。アイドルを追っかけたいのも恋愛するのもおそらくは脳髄の同じ部分で司っている。その感情の暴走はどれだけ滑稽に見えても自分で制御できないし他人に止められるものでもない。高額な壺を買って幸せな宗教信者を笑う人でも何の疑いもなく彼女に高額なブランドのハンドバックをプレゼントしてよろこんでいたりする。
幻想に伴う作用としての恋愛は認めるけど、永遠の愛は有りえない。そもそも人間には寿命がある。まあそれは言葉のあやで終わる事の無い愛情のことを永遠の愛というのかもしれないが、ハッキリいってそれも無い。恋心というものが自我に根ざすものである限り自己完結する永遠なんて有りえ無い。もし永遠の愛があるとしたら個体が自我を捨て去りホモサピエンスという種族、もしくは遺伝子をもつ生命体の流れの一部になれたときだけだろう。自我を捨て去らない限り脳髄への作用は確実にピークがありその後は減っていくだけだ。それを理解できない人は結婚なんてしないほうがいい。結婚は制度であって恋愛の無期限契約ではない。結婚するならそれを見込んだ上でしないと一度で済まなくなる。
もともと結婚制度が必要なのは社会が男性中心社会だからだ。結婚を制度化して浮気を契約不履行としておかないと子供が誰の子か解らなくなる。国家の立場からすれば責任能力の無い子供には責任をとる保護者が必要だ。そして男性社会ではその保護者は父親である事が望ましい。これが女性中心社会であれば子供の保護者はその子を産んだ母親で間違いないから父親なんか特定する必要がない。結婚制度なんてそれだけの事だ。女性が強くなって経済的に自立したらどうなったか?未婚者が増えて出産率が著しく下がった。それは男性社会の中で女性が強くなっただけだからだ。男性中心社会の枠内でウーマンリブを叫んだところで真の女性解放はありえない。その考え方自体が男性的発想から起こったものだからだ。ボクは女性中心の世界は平和で腕力が必要ない世界じゃないと成り立たないと思っていたが案外それは逆かもしれないと思い始めている。
恋愛は長く続ける事なんか目的じゃなかったはずだ。国家の都合で恋愛は長いほうがより美しいと洗脳されたんじゃないかと疑ったりもする。そのために結婚なんていう制度が出来て人生の華であると思っていた恋愛を台無しにしてしまう。長持ちさせる恋愛なんて喫茶店のショーケースに飾られたナポリタンみたいなもんだ。あれは食べ物じゃないからいつまでも腐らない。そんなものにはフォークでも刺しておけばいい。
ボクはワンちゃんのごはんに憧れる。ワンちゃんの生活で「ごはん」はかなり重要なはずだ。ワンちゃんにどれだけの娯楽があるのか知らないけど、お散歩とごはんはワンちゃんには重要な瞬間だと思う。でもワンちゃんはそのごはんをたったの15秒で済ませてしまう。これが人間だったら楽しいひとときを引き伸ばす事に躍起になるんじゃないかな。冷めた食事を温める機械を発明したり、冷めても美味しい食べ物を発明したり、そんな見当違いの努力は結果的に本来の喜びを歪めてしまう。だからボクはワンちゃんの潔さに憧れる。
昔、ドラマで50年後の君も愛してるなんていうセリフがあったけど、そんな約束をする人の気が知れない。そんな余力があるんだったら今すぐ50年分の情熱を注ぐべきだ思う。何故か恋人達がささやく甘い言葉は未来を語ることが多い。ずっと一緒にいようねなんていう奴は今に恋愛する事を忘れてハートを温めなおす電子レンジを発明するぞ。しまいに仮想恋愛機や恋愛昂揚薬なんかが出来て強制的に恋愛するようになる。脳髄には現実の昂揚と薬物の昂揚の区別がつかないから手っ取り早い方が重宝されるだろう。勘違いして欲しくないけどボクは長期間の恋愛を無駄だと言ってるんじゃない。恋愛を長引かせる事に努力する事がナンセンスだと思うだけだ。恋を長続きさせようと思った時点ですでに恋は終わっている。人生の価値は長さじゃないとうセリフはよく聞くが、恋愛は違うと言うのだろうか。
恋に落ちてお互いに理解し合えた気になるとある種の安心感が生れる。それは穏やかで楽ちんな日々かもしれない。だが残念なことに習慣は倦怠を生む。恋はいつも盲目だからせっかく築き上げた穏やかで安泰な世界も新しい恋の衝動には勝てない。その判断の基準はどっちが大切かとか言う単純な比較ではなくタイミングの問題だけだ。それが証拠に盲目な恋に落ちてる最中に浮気をする人はいない。
自分は浮気をしないと自慢する人がいるけどボクは信じない。例えば感じのいいバーかなんかんで、ヒドく自分好みな相手に出逢い、とても気の利いたセリフで誘われたらどうだろう。シチュエーションには好みもあるだろうけどこの場合大切なのは誘ってくるのがステキな人じゃなくヒドく自分好みな相手ということだ。それでもその甘い誘いを断った経験がある人だけが自分は浮気はしないと言っていい。そうでない人は浮気をしないんじゃなくて機会が無かっただけだ。
恋愛はいつでもフェアなはずだ。捨てる方を悪く言う人が多いけどそれは仕方ないことだ。捨てられた人にはそれなりの苦悩が残るかもしれない。でもその恋愛を続けていたらその苦悩は別のストレスとなって捨てる側を悩まし続けるだけだ。だから恋愛はいつもフェアなんだ。
恋愛はいつか終わる。でもそれでいいんだ。終わる事は怖いことなんかじゃないし間違いでもない。だから教訓にしても反省する必要は無い。失恋が怖いと思うのは恋しい人を失う辛さに自分が絶えられるかどうか不安になるからだ。そんな発想には最初から愛なんか無い。本当の失恋は一方的に断ち切られるものではく自分の中から恋しい気持ちが消えてしまうことだ。多分それは自分では気付くことが出来ないから、その瞬間に悲しみを抱く事もない。これだけは勘違いしてはいけない。恋愛はウソになるんじゃない。ただ終わってしまうだけなんだ。
恋愛は幻想だ。それは間違いない。だがそれを認めると人生の幸福そのものが幻想だといえる。残念だけどおそらくそれもそのとおりなんだろう。それが解っていても恋に落ちるし、恋に落ちれば盲目になる。恋愛こそ人生で最高のドラッグなのかもしれない。
表現はどうであれボクはもちろん恋愛を軽視してるワケじゃない。ボクなりに恋愛という現象に真正面から対峙してるつもりだ。少々饒舌すぎた恋愛論になったけどおそらくこれ自体も幻想なんだろう。ただし少なくともその幻想は確実にボクの脳髄に作用し続けている。
ボクなら恋人にきっとこう言う。
「いつまでも一緒にいたいと思いつづけられたならステキだね」
でもたぶん言わない。
これを書き終えた後で暇潰しにニコラス・ケイジ主演の「天使がくれた時間」という映画を見た。この手の映画は普段なら絶対見ない(笑)
ニコラス・ケイジを見るのは初めてだったけど結構面白い芝居をしてた。それよりも驚いたのは彼の娘役の子の芝居がなんともトレビアンでチャーミングだった。彼女は多分5、6歳位だろうけど既に立派な女優さんだった。
ニコラス・ケイジ演じるジャックはウォール街で企業買収の会社を経営する典型的な独身ヤッピーだったが、彼が企てた大型企業合併発表の前日の朝、彼が目覚めたのはマンハッタンにある彼の億ションの豪華なベッドルームではなく、N.Y郊外の所帯染みた一軒家のベッドルームで、彼が学生時代に英国留学と引き換えに別離れたガールフレンドが13年連れ添った妻として彼の傍らに眠っていた。おまけにジャックは小さなおしゃまな娘と生まれたてのベイビーの二人の子持ちだった。その世界のジャックは安物のスーツを着てタイヤの小売り会社で働くウォール街とはまったく無縁の男だった。ジャックはパニックになるものの徐々に味気ないウォール街の生活よりもファミリーを持つ幸せを感じ始め13年前の彼の決断が正しかったかどうか考え始めるって言うぐあいのストーリーだった。
ボクのように財産も家族も両方持たない男には縁の無いストーリーだったけど結婚記念日ってヤツが少しウラヤマシク見えたのに驚いた。ボクは記念日どころか人の誕生日さえも絶対に覚えられないし、結婚なんてまったく関心が無いくせに結婚記念日もないだろうにと自嘲した。あぶなく映画の思うツボにはまるとこだった。この手の刷り込みはコワイものだ。
ジャックの子供達は天使のようにかわいいし。彼の奥さんを演じるのはハリウッド女優だから当然美人だ。そんな魅力的な奥さんがまるで映画のセリフのように甘い愛の言葉を囁いてくれるんだからそんな家族を持つのは多分悪くない。それにジャックを演じるニコラス・ケイジはこの映画のギャラだけでウォール街の普通のヤッピー達が生涯かけても稼ぎ出せないような大金をもらっていることだろう。こんな茶番は王子様のおとぎ話よりもタチが悪い。
この映画で唯一良かったところは誰も死ななかった所かな。