鬼とは何か?
鬼は幽霊やもののけではない。それなら妖怪でこと足りる。
鬼は神でもなければ神と対峙するものではない。
鬼は奇跡を起こさないし魔術や法力も使えない。
しかし鬼は人には出来ない事をやる。
それも平然とやってのける。
鉈があっても人は人の頭を割ったりしない。それは誰にでも出来ることだが中々出来ることではない。
人はプルトニウムを抽出することは出来ても、人には人の上に原爆を落とす事は出来ない。
人は旅客機を飛ばす事が出来ても、人には旅客機を高層ビルにぶつける事は出来ない。
だが鬼なら何のためらいも無く鉈を振りおろす。
そこには悪意さえ存在しない。
さらに鬼は人を喰う。
人は人を喰えない。宗教的行事の一つとして人肉を喰う部族がいるらしいが同族を喰らう事は多分無い。大戦中、南方の戦線で玉砕した日本軍の生き残り兵が先に逝った同胞の肉を喰ったとか喰わないとか、、、それは地獄絵として語られたりする。
地獄には鬼がいる。
鬼だから人を喰うのではなく、人が人を喰うから鬼が生まれたのかもしれない。
生理的に許せない事は多い。だが「恐いもの見たさ」という言葉があるようにタブーというものには隠しても隠し切れぬ甘美な魅力がある。魅力とは興味だ、ヤバければヤバいほど意識に鮮明に焼きついてしまう。
消したくなる記憶とは消せない記憶の事なのだ。
狂気の世界はそんなに遠くにあるものじゃない。現実だと思っている世界は疑った事の無い常識で紡がれた幻想だ。
その常識を疑った瞬間足元が揺らぐ。
揺らぐ。
揺らぎの向こうに世界の正体を見た気がする。だがその景色が錯角だと証明する術は無い。その世界がどれだけ恐ろしいものでも、どれだけ辛いものでも、どれだけ悲しいものでも当人が信じてしまった以上恐怖も苦悩も悲しみも現実となる。
一番の問題は当人がその考え方を気に入ってしまっている事だ。
現実社会でその景色を見てしまったモノには悟りの称号の代わりに厄介な病名が与えられる。それが理解出来るものであれば心配性ですまされるが、理解を超えれば病名が長くなり、さらに領域を踏み外せば狂人のレッテルを貼られコミュニティから追放される。
人は一人では生きられない。
人は人の中で人間になる。
人は鬼にはなれないが、人の隙間に鬼が棲む。
そして鬼が人を喰う。
一人っ子政策を推し進めた大陸では堕胎した子供や出産後すぐに捨てられる子供が後を絶たないらしい。一部の地方にはそんな子供達を仲介する輩がいるという。売買された子供達は冬季の栄養を補う食材として漢方と一緒に煮込まれスープにされる。これは大陸の伝統的な食意識の上に成り立つもので賓客をもてなす料理として認知されたものだという。そこにあるのは悪意ではなく、ただの文化だ。車に子供を残してパチンコに夢中になる親がいるのと一緒だ。HPで赤ん坊がその姿のまま煮込まれたスープの写真を見た。それが事実であれデマであれどっちにしても嫌な気分だった。