No.86

仏教には一見矛盾するように聴こえる二大テーマがある。

「諸法は空である」

諸法は実相である」

諸法が空であるというのは森羅万象恒常不変な実体など無く絶えず変化しているという考え方だ。一方、諸法は実相であるというのはそこにある全てのものが既に真実の姿をあらわしているという考え方だ。

最近のボク自身のモノの解釈を振り返ると殆んどはテーマへの否定や疑りから始まり、ネガティプな「空」を経由しながらも、その姿が元来の姿であり「実相」であるという肯定に終ることが多いようだ。ただしボクの肯定には諦観の色が濃く結局は「空」に立ち返っているようにも思える。そして決まって最後には白旗の代わりに「受け入れる」という言葉を用い指先一本で「実相」にしがみつく。

まあいい。

ボクは今、幸せを噛みしめている。2006年2月5日にミシガン州デトロイトで行われた第40回 SUPER BOWL に愛する Steelers が10年ぶりに出場し、35年ぶりにヴィンス・ロンバルディーカップを手中に収めた。それ以来 SUPER に勝つってどんな気持ちがするモノなのかボクは少しづつ漠然と知りはじめている。この幸せがどれだけナンセンスでもカマウモノか間違いなくボクは幸福者だ。

Steelers のスーパーボウル制覇までの道程を語り始めれば切りがなくなる。事実に基づきそれにコメントをつける事は難しくない。でも背すじの凍った昨年のチャンピオンシップの絶望感や、スーパーボウルで勝負を決めたTDの瞬間の歓喜を誰かに伝える言葉をボクは知らない。そもそも、そんな気持ちを無理に聞かされる人は迷惑なだけだろう。

Steelersの勝ち負けがボクの生活に何の利益をもたらすのか?そもそもなんでSteelersなのか?と問われてもそんな答えは無いし、用意するつもりもない。例えば宝くじで3億円当ったとしたら幸福の理由を問われないかもしれないし、隣に可愛い女の子が引っ越してきてドーナツ持って挨拶に来たとしてもその喜びの理由は問われないかもしれない。Steelers の勝利とボクの幸福の間にはそれ等より少々複雑な関連性があるために納得しにくいだけだ。理由がなんであれ Steelers のプレーの一つ一つに一喜一憂するボク自身はリアルそのものだ。

何度も言うけど幸福は全て幻想だ。だがその幻想は確実に作用する。ならばその作用の恩恵に与れることこそが幸福なんだと思う。南無阿弥陀仏と手を合わせて救われる人も、おそろいのブルーのジャージを着て声を枯らしながら歌い続ける人たちも、盛大な披露宴で祝福される人も、プール付きの豪邸に住む人も、子宝に恵まれて賑やかな家族を持った人も、やりがいのある仕事をこなしてる人も、大好きな恋人と手を繋いでいる人も、5,000万円の壺を買わされて救われた人も、50万円のジーパンを手に入れてはしゃぐ人も、韓国俳優を追っかけることに生きがいを感じる人も、ガラクタを収集して嬉しい人も、ジャイアンツの勝利に喜ぶ人も、きっと皆んな幸せを勝ち取った勝者なんだろう。だから他人の幸福がどれだけちっぽけでナンセンスであろうと、くどくどそのシステムを解説するのは野暮の骨頂だし僻みっぽく聴こえる。

幸福なんて全て幻想なんだから信じたモノだけが幸せになればいい。信じられるものがあることこそが幸せなんであって、幸福はその対象物の価値や有効期間に左右されるものではない。資本主義社会に生きているとそんな馬鹿馬鹿しい事を見落としがちになる。

「幸福は幻想だ。だがその幻想は確実に作用する。」幻想とは「空」で幻想が作用するシステムが「実相」なのかもしれない。

宗教で悟ってもそれを人に教える術が無いという。言葉で伝えられるならばそもそも実践的な修行なんか必要ない。文章には必ず誤解が付きまとう。文章での誤解以前に既に単語の段階で認識の誤差が生じている。文章から得られるものは多いが、曖昧な単語の集合体である文章は読む人の数だけ違う意味を持ってしまう。だから文章は特定の場所への道標にはなりえない。

極めるまでは人は吠えつづける。それは戦いだからしかたない。でも極めた人は静かになる。極めた人の言葉はなかなか聞けない。ひょっとすると悟るという事は万人に有効な自然の真理なんかじゃなく、本人にのみ有効で分かち合うことが出来ない自己満足なんじゃないだろうか。だからそれを知った悟り人はただ微笑むだけで多くを話してくれないのかもしれない。

ここに落としてしまえば何も語れなくなる、そんな理屈を受け入れてしまうとあっと言う間に10ヶ月も経ってしまうし、人生も終ってしまう。人生にはもともと特別な意味なんか無く人の生き死には数多の自然現象の一つに過ぎない。人生を生きる上で必ず誰もがやらなくてはいけない事は死ぬ事意外に何も無い。但し人それぞれの人生には差が生ずる。この差は良いとか悪いとかではなく、その魂の持ち主の捉え方に託されているんだと思う。

 

ボクは目を閉じて呪文を唱える。
  「フェイク・トス 39 トリプル リバース・パス」
  そう唱えるだけでブラック&ゴールドの天使が舞い降りてくる。

吾思う。 SUPER BOWL は空であり、実相である。

 

奇しくも86番目となったこの文章は

第40回 SUPER BOWL MVP #86 Hines Ward に捧げる

 

06/07/18

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kuntan's note