スポーツニュースを見ていると不思議に思う事がある。若干16歳のプロゴルファーが予選を戦う映像を頻繁に見る気がする。高校生がプロレベルでプレーすることは驚きで確かにニュースになるとは思うのだけど、スポーツニュースのゴルフの時間枠のほとんどがそればっかりというのはどんなもんだろう?彼が優勝を争う位置にいるのならば何の問題もないけど、予選を通ったとか、ダブルボギーを何回叩いたとかいうのは別の番組でやれば良いような気がする。高校生が大人の社会の中で戦うドラマはゴルフ自体を楽しむ事ととは別に注目出来る要素が多くありそうだ。でもそれはスポーツニュースとは分けて考えた方が良いと思う。そうでないと番組がスポーツニュースのゴルフ枠としての機能を失うことになるような気がする。それとも番組の製作サイドはなりふりかまわず新しい視聴者層を開拓することの方が大事なんだろうか。
歌謡番組は同じことをやって機能を失っていったように思う。子供の頃、歌謡番組はとても華やかに見えた。実際に人気もあったんだと思う。ところが、タレント事務所が新人の売り出しの為に素人にむりやり歌を歌わせた結果、歌番組は歌謡を楽しむものからアイドルと呼ばれる規格品の品評会になってしまい歌番組としての意味を失った。アイドル産業は歌謡番組を蹂躙した挙句、歌の商品価値が無くなったとみればバラエティー番組に矛先を変え、今では「ひな壇」と呼ばれるトーク番組にタレントを送り込むことに躍起になっているように見えてしまう。最近ではクイズ番組も珍回答専門のタレントの起用でクイズ番組としての機能を失おうとしている。
テレビ番組の低俗化と視聴率の関係は今さら指摘することではないが、多くのプログラムが同じ価値観で低俗化していく様子にはやれやれである。頭のいい番組プロデューサーが多くのデータを分析して番組を企画してるのかもしれないが、どうもボクが思いつきでこんな散文を書いてるようないい加減なノリでくだらない番組が作られてる気がしてしまう。
老若男女が楽しめる娯楽というものは素晴らしいと思うのだけれど、それらが低俗なレベルの同じもので喜んでるのはどうかと思う。暴力や性的描写は子供に無理に見せるものじゃないと思うし、戦隊もののような子供番組を作るのにその両親にまで餌をまく必要も無いと思う。
ビーチバレーの選手や芥川賞作家が美人である必要はないと思う。そんなに美人である要素が大切ならば、何もしない「唯の美人」でもいいような気もする。美人であること自体が商品価値を生むことはとっくに既成事実なのに美人は未だに職業とは認められていない。だから美人○○のようにオマケが付いて初めて商品になるのかもしれない。あぁーめんどくさい。
芸能界に憧れる子供達やステージママは少なくないと思う。そんな人達にレッスン代を自前で払ってもらって、ただ同然のギャラで何かの企画にタレントを送り込むプロモーターは笑いが止まらないだろう。別働隊でタレント育成学校なんかもやれば相当ウマイ商売になりそうだ。適当な素材は探すまでも無く勝手に集まって来るから、適当に歌って踊れる程度のレッスンをしたり、ユニークな珍回答をする訓練をするのはそれほど難しくないだろう。それで資金が集まれば本気で売り出す素材に契約金を支払うことも出来る。売れっ子のタレントは広告塔になり、さらなるカモが寄ってくる。
日本人の文化と言うものは本来の価値よりも、それに付随した価値に敏感に反応するのかもしれない。その着眼点は侮れないし購買者だって馬鹿ばっかりじゃないとも思う。世の中の流れが誰かの意思で動いているとも思えない。うまくやってる人は利口に見えるけど、それは当たった占いみたいなもので、たまたま当たっ人が利口に見えるだけなんだろうな。
そうは言うものの、タレント事務所にプロのスポーツ選手を育成することは無理だろう。だからイシカワ君は凄いんだと思う。だからこそ彼にも芸能プロダクションの魔の手が伸びてるだろうから注意したほうがいい。さもないと、高校生プロゴルファーのお天気予報番組なんてヘンテコな企画を押し付けられちゃうゾ。