冬の空が好きだ。
雲ひとつ無い空が好きだ。
とびきり晴れた空が好きだ。
中央公園から見上げる広い空が好きだ。
馬鹿馬鹿しいくらい青一色の空が好きだ。
ああ、そうだったんだ、今まで気付きもしなかった。
冬の空をぼんやり見上げていたら、異邦人という単語を思いついた。そうだ、ここは近所でもなければ故郷でもない。とびきり晴れた冬の空は特によそよそしい顔をみせる。まるで誰か他人の記憶の中にいるようだ。
何かが消えてしまった。
失くしたとか、断ち切ったとか、終わってしまったとか、そんなんじゃないし、心の中にぽっかりと穴があくとかそんなのでもない。それは電池が無くなる様に静かにすっと消えていった。いや、ちょっと違うな、おもちゃのプロペラ飛行機のようなものだろうか。ゴム仕掛けというところが肝心なんだ。
それを拒むとか、受け入れるとか、気付かないふりをするとかそんなんじゃない。小川を滑る一枚の葉を眺めるように、そっとそれを見送った。言い訳するとか、理由を探すとか、無理に誰かに伝えようとかそんなことじゃなく、ただ自然でいたかっただけなんだ。
自然ってなんだろう?って最近よく考える。
人の手を介さない野や山のこと?人の手を介さない食物連鎖のこと?
それならば、自然の中に人はいないの?
自然って言葉は誰のものなの?
高層ビルやアスファルトの道、街路樹、へこんだ冷蔵庫、壁の落書き、走り去る車、明治神宮のおみくじ、ヒステリックグラマーのダッフルコート。それらは自然じゃないんだろうか?
自然ってなんだろう?自ずから然り。オノズカラシカリ。
救われる為には己を捨てろという。
I 、 My 、 Me
に拘らなければ、争う意味すら無い。だがそれをつきつめれば命の執着を絶つことと同義となる。
煩悩を捨てよ。
ああ、そうなんだろう。そうやって自然と共に生きて死んでいく事が成仏なんだろう。でも何かしっくりこない。何かが違う気がする。欲望を絶とうと望む心は欲望ではないのか?成仏しようと願う態度は卑しくないのか?
まあいい。きっとそんな答えは1,000年も前に誰かが見つけているんだろう。
朝の冷たい空気の隙間から冬の空を見上げていた。ふと懐かしい記憶に包まれた。ああそうか、こうまで心が揺れるのは冬の空の冷たい匂いだったんだ。それに気付くと同時に、驚くほど熱い涙が頬をなぞった。
自然も、愛も、正義も、夢も、信じる神も、結局全てはここにあるし、ここにしかない。
自ずから然り。ああ、そうなんだ。ここに主語は必要ない。
