黄土色のヒエログリフのパピルスを背景にして−破れているのか、所々地のエンジ色が覗く−、エジプト風の猫のボーリングのピンのような形の彫像が2体、
中を開くと、文字までセピア色だった。各章の扉には、表紙の猫が一体ずつ立っているが、よく見るとそれぞれ胴に書かれた模様が違う。時折、見開きでエッチングの幾何学的な挿絵が表れて、読んでいると息が止まる。
丁寧な装丁の本だ。うん。パロル舎はいい仕事をする。
高卒して入社した商事会社の経営が思わしくなく、3年ほど勤めた後配置転換で様々な部署を数ヶ月単位で転々とさせられ、ついに「ぼく」は皮革卸会社に出向させられた。そこは要するに三味線の皮の原材料である猫の生皮を集めて、卸す会社だ。「ぼく」は事務員として雇われたものの、資材調達班として猫盗りに駆り出される。
専属は50歳くらいの杢平さんと、まだ未成年なのに煙草ばかり吸っていて、でも猫盗りの腕はいい洋ちゃん他4名。これに事務員が加わって、捕獲網と罠の箱で猫を盗る。
夏の、猫盗りには季節はずれの大量の受注をまかなうため、「ぼく」たちは猫が多く住むという猫町に向かった。なぜか住民がいつもよそ者を監視するように見つめる奇妙な町で、「ぼく」たちは、猫を追いかけるうちに道に迷い、挙げ句の果てには洋ちゃんが疝痛の発作を起こして倒れてしまう。なりゆきで奇妙な女の家に上げてもらうことになったのだが・・・。
このお話の猫の書かれ方は、そういう意味では実に私の好みに合う。猫達は主人公たちの周りをすり抜けるだけで、猫盗りと猫との駆け引き、というものも存在しない。人間がどう猫を追い回そうとも、猫は行きたい所に行くだけなのだから。
それはともかく、天沼春樹は猫に恨みでもあるのだろうか。前作『水に棲む猫』も猫殺しの小説だった。猫は水に棲むものだ、という独自の神話を作り上げた子供達が、儀式と称して川に猫を流す話で、・・・児童文学功労賞なんかを取ったのだから、きっと"児童文学"なのだろうが、漂う雰囲気は『猫町』と同じだ。ただしこちらの『猫町』はどう見ても一般書。
猫という異世界の、覗いてはならない入り口を覗いてしまった人間は・・・。
夏のうだるような暑さと、どぶ川の臭いの濁った雰囲気に包まれるような小説。どちらかというと夏向きだが、とても不気味で良い。