『猫町 ∞ mugen』天沼春樹/パロル舎(1997)
980117読了・記


 また装丁の話をしていい?

 黄土色のヒエログリフのパピルスを背景にして−破れているのか、所々地のエンジ色が覗く−、エジプト風の猫のボーリングのピンのような形の彫像が2体、

猫町 ∞ mugen 天沼春樹

という明朝のタイトルを挟んで立っている。猫の彫像はセピア色のエッチングで書かれている。

 中を開くと、文字までセピア色だった。各章の扉には、表紙の猫が一体ずつ立っているが、よく見るとそれぞれ胴に書かれた模様が違う。時折、見開きでエッチングの幾何学的な挿絵が表れて、読んでいると息が止まる。

 丁寧な装丁の本だ。うん。パロル舎はいい仕事をする。

 私は猫好きで、猫の本ももちろん好きだが、何でも猫が出てくればいいというものではない。猫にはどこか謎めいたところがあって、などというと月並みで嫌なのだけれども、何を考えているのかわからないところがいいのだ。だから猫が口をきいたりして人間と安易にコミュニケーションを取ってしまうようなものや、猫かわいがりなカワイイだけの猫モノというのはあまり好きではない。猫は理解不能な存在でなければならない。

 このお話の猫の書かれ方は、そういう意味では実に私の好みに合う。猫達は主人公たちの周りをすり抜けるだけで、猫盗りと猫との駆け引き、というものも存在しない。人間がどう猫を追い回そうとも、猫は行きたい所に行くだけなのだから。

 それはともかく、天沼春樹は猫に恨みでもあるのだろうか。前作『水に棲む猫』も猫殺しの小説だった。猫は水に棲むものだ、という独自の神話を作り上げた子供達が、儀式と称して川に猫を流す話で、・・・児童文学功労賞なんかを取ったのだから、きっと"児童文学"なのだろうが、漂う雰囲気は『猫町』と同じだ。ただしこちらの『猫町』はどう見ても一般書。

 猫という異世界の、覗いてはならない入り口を覗いてしまった人間は・・・。

 夏のうだるような暑さと、どぶ川の臭いの濁った雰囲気に包まれるような小説。どちらかというと夏向きだが、とても不気味で良い。


=>猫MLのページより
 著者・天沼春樹による紹介


ざぼんの実