『 秘密 』東野圭吾/文芸春秋(1998)
1998.11.17読了
1198.11.18記

 結果的に娘を失ってしまった夫婦の悲しみが、まず痛い。たとえ肉体が残っていても、その身体の中には娘はいないという事実。娘の身体を乗っ取る形で生き残ってしまった妻の苦しみ、肉体的に死んでしまった妻が精神は残っていても、それは決して「妻」ではないという夫のやりきれなさ(ちなみに娘は小学6年生)。きちんと、そうであろうと思われる所を、逃げることなく書き込んでくれています。

 やがて若い肉体を得た妻は「成長」し、そして夫は若さを失っていく。二度目の人生を娘のためにも悔いることなく生きようとする妻の贖罪の想いと、その妻に取り残されるのではなかろうかという夫の恐れが、夫婦の間に溝を形作る。夫は、当然妻も娘も愛しているにも拘わらず、目の前の女性が妻でありながら娘であるという状況に苦悩する。妻も、精神的には夫を持つ身でありながら、このままずっと……という状況。愛しているからこその苦しみがびんびん伝わってきて、緊迫感がスゴイです。

 そしてラストの落ちがもう……。このストーリーでどう決着がつくのかと、心配しながら読んでいたのですが、見事に着地してくれました。もうこれしかない!という終わり方だと思います。はい(;_;)。

 とりあえず今年のベスト入りは間違いなし、なんですが、これジャンルで言うと何でしょう?(^^; SFではありえないし、やっぱりどちらかというとミステリーですかね(夫が事故原因について探偵じみた行動をするシーンもあるし)。それとも、ファンタジー???('-') 困った。


 こういうことを言っては、東野圭吾に対して失礼にあたるかもしれませんが、東野圭吾は最高のパロディ作家でしょう。本当に、すごい。うん。

 そもそも私は東野圭吾はあまり好きではありませんでした。初めて読んだのが、確か4,5年前に読んだ『変身』。ネタの割には展開がぬるい気がして、あまり楽しめませんでした。それから何冊か読んだはずなんだけれども、一冊も印象に残っていない。『パラレルワールド・ラブストーリー』は途中で返えしてしまったような気がするし。私が東野圭吾について抱いている印象はといえば、ネタはオモシロイかもしれないのに、途中で陳腐にしてしまうというものでしかありませんでした。

 で、唯一腹の底から楽しめたのが『名探偵の掟』でした。もうひーひー部屋で爆笑していたような気が……。でも、続いて読んだ『名探偵の呪縛』は面白くなかった。面白くないというよりも、どこが面白いかがわからなかったというほうが正確かもしれません。私って、本格嫌いなんだ('-')と思ったものです。

 それがどうして突然東野圭吾を読む気になったかといえば、ごめんなさい、『スキップ』です。Webの書評を読んでいると、そこかしこに「これは北村薫『スキップ』のアンチテーゼである」というような内容が書かれている。私が『スキップ』を読んでしまったあの日、1997年11月21日から、そろそろちょうど一年になろうとしています。もう小説については、疑うまでもなく駄作じゃん、と結論づけてはいるのですが、やっぱり『スキップ』ときくと(しかもこの頻度が無茶苦茶高い(笑))耳がぴくぴくしてしまうのでした。一年にもなるのに。

 手に取ったのはそういうわけなのです。期待通りというか、期待以上でした。まず、アンチテーゼとしては、ほぼぱーぺき('-')bではないでしょうか(ただ、東野圭吾が本当に『スキップ』を意識して書いていたのかは謎だけど、でも、やっぱりしてるような気がするというのは私の気のせいか? 普通にきちんと書けばこういう話になるのは当然、ということかも)。『スキップ』がばらまいていった、齟齬を全てやさしく拾い上げて、あるべきところへ、人間が感じる所へ収めてくれました。『スキップ』がないがしろにし、見ないまま通り過ぎてしまった失ってしまった人格への想い、今ある人格への想い、愛しているからこそ生じるどうしようもないやりきれなさ、肉体的な虚しさ、そういったものを全て、おざなりにせず、きちんと、きれいに、まとめてくれました。逃げずに、美しく。

 そしてなおかつ、これは良くできたオリジナルの小説なんですよ、当然。なかだるみなんかもないし、構成的に特におかしな所もない(唯一、難を言えば、運転手の状況について探偵的な振る舞いをすることが鼻についたかな。必要なシーンであるのかもしれないが、書き方が何となくわざとらしいくって浮いた感じがする。真相を知る必要はあったのかもしれないが、知るための動機が弱い感じ。これはそれ以前の東野圭吾の小説で気に入らなかった所と重なるので、やっぱり合わないのかも)。ちゃんと練られている。ちゃんと考えて描いている。うん。

 『スキップ』読者は読め!


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