『ノスタルギガンテス』寮美千子/パロル舎(1993)
980116読了・記
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ぼくのメカザウルスがどんなにすてきかってことを、どんなふうに話したら、きみにわかってもらえるだろう。メカザウルスのボディは銀色に波打っている。レストランの裏から拾ってきたリビィズ・イエローピーチの缶でつくったんだ。知ってるだろ。あの月世界基地にぴったりの、ぎざぎざの缶。それから目はすてきに青いガラスのかけらだ。そんな青い瓶を探すのは、ずいぶん大変だった。ほんとに青い。海みたいに。いいや、違う。もっと青い。あの色を見れば、ほかのどんな青だって、青って言えなくなるくらいだ。ぼくは、その瓶をマンションの非常階段から落として粉々に砕いたんだ。手を離しただけで、吸い込まれるように落ちていく瓶を、ぼくはスローモーションの画面のように見ていた。ぼくの青は、みるみる針の尖の点になって、それから一気に爆発したんだ。ビッグバンみたいに。その時、シティがいっぺんに海になったかと思った。ぼくは駆け降りていって、百万のかけらの中から、あいつにふさわしいもっとも狂暴な青をふたつ、選んでやった。それが、あいつの目なんだ。背中には金属の棘がずらっと二列、尻尾の尖まできっちり並んでいる。片方が金色で、もう一方が銀色の渦巻くねじ。まんなかが一番大きくて尻尾にいくほど小さくなっている。その棘の一本一本が光にあたってきらめくと、眼玉の奥が痛くなるし、床の上にくっきり落とした影のきれいなことったらない。
表紙は緑の森の写真。人が足を踏み入れた様子のない、薄暗く、湿った日本の森を、ちょうど眼の高さから、やや見下ろすように撮っている。焦点は空ではなく、苔むした倒木と蔦の絡み付いた木々の間から見透かした空間を、まるで行き先を見つめるように捉えている。季節はおそらく春と夏の間。目の前にかざしただけで、むん、と緑の臭いが辺りにたちこめるような、そんな写真だ。
そして左肩から白抜きの縦長ゴシック体で、
ノスタルギガンテス
それに続いて、やや小さ目の明朝体で 寮 美千子 という著者名が遠慮がちに落ちてくる。
一目見て、かっこいい、と思った。重く淀んで湿った感じが、よくわからないタイトルを包み込んで、とても素敵だ。
でも・・・児童書でこれはないんじゃないかな、とも。暗くて渋くて、子供が飛びつくような表紙ではないような気がする。
いぶかしく思いながら、本文の1ページ目を開いて、息が止まるかと思った。
ぼくのメカザウルスがどんなにすてきかってことを、どんなふうに話したら、きみにわかってもらえるだろう。
す、と吸気と一緒に、肺に飛び込んできた。気持ちのいい文章だ。でも、それ以上のインパクトがある。
・・・ああ、突然一行目が始まるからだ、とため息を吐いた。普通の本であれば、当然ある筈の冒頭の空行がないのだ。もちろん「第一章」とか「1」という表示もない。突然メカザウルスの美しさをぼくが語る所から始まる。
上に引用した長い一段落で、約1ページ。児童書にしては文字数が多い。それに、ふりがながない。およそ、ことごとくいわゆる「児童書」の仕様からは外れている。これは一体誰のための本なんだろう。
なるほど、私にこの本を薦めてくれた人の言ったとおり、これは「私のための本」なのだ。つまりアナタのための本でもある。
この『ノスタルギガンテス』という本がどんなにすてきかってことを、どんなふうに話したら、きみにわかってもらえるだろう。
ヒステリーになると何でも捨ててしまう母を持つ少年カイは、自分が作った大切な宝物メカザウルスを捨てられないようにと、彼が"神殿"と呼んでいる森の公園の大木の梢に括り付けた。カイは木に結び付けられたメカザウルスを下から見上げることを楽しんでいたのだが、まるでメカザウルスが呼び寄せたかのように、"神殿"の木に様々なガラクタが括り付けられはじめる。浜に打ち寄せられる流木のように、どこからか木に集まった捨てられたガラクタ達--彼はそれを"キップル"と呼んでいとおしんでいた。
しかしやがて、カイを「神」だと言う奇妙な"写真家"と"命名芸術家"が現われ、ガラクタに囲まれた木を切り倒そうとするシティ当局と、貴重な自然として森を守ろうとする団体が、カイの"神殿"を乱し始める。
これは、空想の世界での一人遊びが好きな少年少女と、かつてそんな少年少女だった人全てのための物語なのだ。
カイの喜び、憤り、痛み、吐き気、息苦しさ、ため息、その一つ一つが、ナマに感じられる。カイは、私だ。
自分の思い付きをとっても気に入った時のワクワク、それを他人と共有できないもどかしさ、口にした途端それは輝きを失ってしまうということは分かっているから、それは自分だけの秘密の世界。誰かに触れられた途端、その世界は骸になる。
死んでいるよ。みんなもう滅びているんだ。核爆弾はとっくに破裂している。ぼくたちはみんな、死者の見た夢なんだよ。壊れた博物館の標本都市の記憶の中に、模型になって住んでいるんだ。そうだろう。みんな、知っているじゃないか、そんなこと。知っているから、だれも言わないんだろう。
自分が作り上げた素晴らしい世界が、単なるモノになってしまったことに気がついて、子供は大人になるのだろうか。大切にしていたものを踏み付けにされ、凍り付いた姿を見せ付けられ、子供は夢から離れていく。そして、やがて、それがあったことすら忘れてしまい、思い出さない。
『ノスタルギガンテス』は魔法の鍵だ。忘れていた宝箱を掘り出して、開けてくれる。中に入っているのはただのくすんだガラス玉かもしれないけど、いつか、それが宝石だったことがあったのだ、ということを思い出させてくれた。
この世の全ての夢見る子供と、夢見た大人に、きっとこの本は「必要」なのだ。
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