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黒の組織


 通称“黒の組織(組織のカラーが黒である事からそう呼ばれる)”は『名探偵コナン』という物語の中で“正体の判らない巨大な敵”としての役割を振られている。日本の政治家・財界の大物・アメリカの女優などを構成員にしていることからして、国際的犯罪組織と思われるがその詳細はまったく不明。今までの組織の関わった犯罪からその正体を推察しようにも、あまりにその方向性に一貫した趣旨がない。
 よってここではこのような国際組織の正体についてのよくある設定を列挙し、この物語にもっとも相応しい組織像について考えてみたい。

 まず現在までに判っているこの組織の関わった事件を以下に記す。
1巻 拳銃密輸の証拠写真を元に1億円の恐喝
2巻 人質を使っての10億円強奪を示唆、犯人を射殺した上で強奪金を奪おうとした
4巻 情報売買による4億円の取引。取引相手を爆発物で殺し証拠隠滅を図ろうとした
12巻 ゲーム会社社員とのプログラマーリスト売買。証拠隠滅のためにビル内の飲食店舗を爆破
24巻 失敗した組織員(政治家)を別の組織員(自動車メーカー会長)が事故にみせかけて殺害。なおこの犯人も別の組織員により殺害
 その他18・19巻においてアポトキシンを開発した組織の研究所が製薬会社の研究所として存在したこと、およびその研究に出資した人物が複数いたこと、かつこの開発プロジェクトが半世紀以上前から存在していた事が明らかにされている。
 このように企業を隠れ蓑に使え、かつ政治家さえその構成員として取り込んでしまえる組織の実像について、パターン別に検証していきたい。


 まずいい加減使い古された例として“ナチスドイツの残党”もしくは“ネオナチ”というパターンがある。これはアポトキシン4869などという薬品を開発したことによる大量殺戮の可能性から示唆されるものである。
 言うまでもなくナチスドイツはアーリア民族の優位性を訴え、その他の民族(特にユダヤ人)を虐殺した事で知られる。劣種の遺伝子を次代に残してはならない、というのがその思想の根本にあるわけだが、何をもって優種・劣種を定めるのかは今をもって謎である。
 言ってはなんだが道一杯に広がって歩けば、真ん中を歩いてたヤツがトラックに引かれて死んでも端っこを歩いてたヤツは生き残る(種の多様性と適者生存の法則)。優種も劣種もひっくるめて自然の法則の中に生きてるのに、人為的にそれを間引いたって(しかも均等にではなく、だ)しゃーないでしょと思うのだがいかがな物であろう。まあ、神様になったつもりでいるヤツのやる事なんだから理屈は通じないんだろうが。
 早い話“ナチ”もしくは“ネオナチ”はドイツ・アーリア民族の優勢を信じ、それ以外の民族を劣種と決めつける排他的な国粋主義思想でしかなく、したがって国際犯罪組織とはなりえない。優か劣かで自分達は優だと何の根拠もなく信じ込めてしまうおめでたい人間の集団に、国際的な組織犯罪が企めるほど裏国際世界は単純ではない(と思う)。彼らにできるのは他国からの移民の集落を焼き討ちするガテン系行動ぐらいだ。今日び武力による世界征服などという非経済的な事を考えるとしたら彼らぐらいしかないだろうが、あんまり成功するとも思えない。
 よってこの可能性は真っ先に排除したい。
 もしも彼らに国際組織が作れるとしたら、祖国ドイツのために外貨を稼ぐ国際出稼ぎ組織か何かだろうと思う。


 次に(一応)上げておきたいのは“ユダヤの陰謀”もしくは“フリーメーソンの陰謀”。どちらも閉鎖的で一種排他的であることから“陰謀を企んでいるのでは?”と世間様に思われやすいらしい。特にユダヤの場合、経済的な力を持っていることからまことしやかな噂が囁かれる。貧乏人のひがみとはかくも恐ろしき物である(2000年問題はユダヤの陰謀だ、というのがCIAのレポートにあったそうだ)。
 一体ユダヤ人やフリーメーソンは何を企んでいるのだろうか? 本気で2000年問題で人々をパニックに陥れ、それに乗じて政府の転覆を謀ろうとしているのだろうか? そんな事をして一体何の得があるのだろう。いっくら彼らの宗教儀礼が我々と異なっているからとか、フリーメーソンが一般の人々に門戸を閉ざしているからと言って『陰謀を企んでいる』と考えるのは短絡的ではないのだろうか。
 自分達が「選ばれた者達だ」と思いこんでいる奴らには勝手に思いこませておけばいいと思うのだが(無論ナチスやオウムのように他人に迷惑を及ぼさない限りにおいてだが)いかがな物であろうか。
 あくまでユダヤもしくはフリーメーソンの陰謀にこだわるとすれば、イスラエル政府もしくはメーソンのグランドマスターあたりを中心にした諜報組織あたりを考えるのが現実的だろう。全世界に散らばるユダヤ人・メーソン会員からもたらされる情報がモサドやメーソンのロッジに蓄積される。その情報を元にユダヤやメーソンに害をなすと思われる人物を排除――。しかしそうなるとアポトキシンみたいな薬を何の目的で開発したかが問題になるし、存在すら極秘とされる諜報組織が新幹線爆破のような派手な犯罪の愚を犯すとは思えない。よってこの可能性も薄いと思わねばなるまい。


 ユダヤに限らず世界経済に大きな力を持っている“企業”という考え方もある。ユダヤ全体と言うよりは企業もしくは個人(デビアスダイヤモンド社やロスチャイルド財閥のような)が既得の利権もしくは収益を遵守するために非合法な仕事をする組織を編成する訳だ。要は企業の裏組織としての犯罪組織である。こちらの方が前の物よりはリアリティがある。
 だがこれが独自に政治家や他企業の会長までを巻き込んでの国際組織にまで発展するかと言うとちょっと難しいと言わざるを得ない。もともとこれらの組織の目的は“金儲け”や“既得利権の遵守”であるのだから、半世紀も前からアポトキシンのような薬の研究をするほどの目的思想があるとも考えにくい(企業が製薬会社で隠れ蓑である表の目的が据えられた裏での開発、というなら別だが)。企業の総会屋対応窓口みたいな形で始まるこれら非合法組織が、企業という枠組みを越えて恐喝だの強盗示唆だのの犯罪を犯すだろうか。ライバル会社のスキャンダルをネタにした恐喝や妨害工作、政治家の買収などならともかく、新幹線爆破のようなスマートでない(物証を多く残す上に注目を集める)犯罪をこれらの組織が犯すとは思えない。
 言い添えるなら、ああいう派手な犯罪をやりたがるのは対抗組織にニラミを効かせねばならないイタリアンマフィアとかチャイニーズマフィアみたいな組織ではないかと推察する。ただこれらは独自の資金源を持っているため(麻薬取引・武器密輸・企業舎弟等)銀行強盗なんぞという頭の悪い犯罪には手を出さないはずである。


 どこぞの国の政府の作った地下組織説についても検証したい。俗に言う所の“CIAの陰謀”というヤツである。まあそこまでベタでなくても“国連が各国間のパワーバランスを取るために作った秘密工作組織”であるとか、“実はKGBだった”とか…映画や小説に挙枚が尽きないパターンだ。
 前二つに比べて国際的と言う意味ではいくらか妥当な設定ではある。CIAあたりになれば“国際平和維持のため”とか言ってアポトキシンみたいな訳の判らない薬を作っていても不思議ではない(お上という物は国民の税金を使って訳の判らない事をやりたがる物だ)。南アやロシアの大統領を自然死に見せかけて暗殺するなんて事にはどうしてもこういう薬が必要になる。
 この設定上の問題は、なぜこういう組織が億単位のせこいサギや恐喝をするかに尽きるだろう。国家治安の維持のためという大義名分の元、税金使い放題の組織がこのような犯罪で利ざやを稼いでいるのはちょっとヘンだ。ついでに言うならこのような公務員組織には、ジンのような狂犬タイプの人間は存在しないはずである。


 宗教団体説。世界基督教統一神霊教会(通称“原理”)みたいに壺を売るかわりに犯罪で上納金を稼ぐ組織。24巻においてジンが“あの方”と言っている所からしてこの考えも捨てる訳にはいかない。個人的な意見として言わせていただければかなりイヤな設定だが。
 実際問題宗教が元で殺し合い(戦争)さえしでかしてしまうのが人間のサガである。末端構成員は何の疑問ももたず命令は忠実に果たす。敵対する相手・無知な一般市民へのデモンストレーションに新幹線だって爆破しちゃう。“疑わしき者には死”の偏執狂ぶりもこの手の組織の特色だ。アポトキシンだって教義に則った上での秘薬開発と考えれば問題はない…考えてみれば一番それっぽい設定かも知れない。
 でもやっぱりジンやウオッカが1日3回聖地に向かって投身礼してたりとか、ステンドグラスの下で賛美歌歌っているのを考えたくはない。まして訳の判らないイニシエーションやってたりしたら(『キミも教祖の血飲んで空飛んでみないか?』ってヤツ)すげえイヤだ。
 “黒幕はバチカンだった”というあたりの設定なら意外性があっていいかも知れない。


 宇宙人。話組織の構成員はみんな宇宙人に拉致されて発信器を埋め込まれ、UFOからの電波で操作されている。――まあここまで非現実的でなくともデストロンとかブラックゴーストとか(よっぽど非現実的だっつーの)、ちょっと電波入った奴が何の因果か金と権力を手に入れて作った組織という設定。先の宗教説より俗物性が強いため、企業や政治など金の臭いに対して親和力が強いと思われる。マフィアやヤクザ組織なんかもこの分類に入るだろう。
 こういう組織の問題は“あの方”と呼ばれるリーダーのカリスマ性にある。半世紀以上続いている組織ともなればかなりなジジイもいるだろうし、頑固なヤツもいるはずだ。そういうデタラメな連中を束ねて文句を言わさないだけの器がリーダーになければ、この手の組織は分裂・瓦解する。
 1巻の恐喝、2巻の銀行強盗、4巻の新幹線爆破、12巻の情報取引、24巻の政治家殺害と、ベタな古典犯罪から高度な政治的配慮を要するような犯行までをこの組織はこなしている。果たしてこの組織、一体何を目的にしているかが全く謎だ。よって大ボスである組織リーダーの方向性も見えてこない。ただの誇大妄想癖の分裂症入ったアホか、それとも世界征服の野望を持っているのか…。
 少年漫画の王道的設定ではあるが、これを使うからにはあまり突飛な方向性にしていただきたくないなと切に願う次第である。


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