◆勤務先へ報告

一夜が明けた。よく眠り、すっきりとした寝覚めだ。時計は六時三十分を指していた。洗面し髪を奇麗にとくと、冷たい空気が身を引き締め清めてくれる。今日は会社へ早めに行って、召集令状の来たことを告げなければならない。
おなみさんが朝飯を持って来てくれた。「よく眠れた?」と聞く。「うん、よく眠れたよ」とにっこり返事をすると、「それはよかったわ。あと幾日もここへ泊まれないのね」と少し寂しげな声で言った。私は「うん」と答えたが、時折冗談を言っていたおなみちゃんが真剣に心配してくれるのが有難く、別れは良いものではないと思った。
通勤電車の窓から眺める外の景色に変わりはないが、私には大きな変化が起きており、人生航路の大きな節目を迎えていたのだった。人の力では、もうどうすることもできない大きな流れ、この大きな流れに逆らうことは絶対にできない。この流れは幸福の里に着くのか、不幸の淵に落ちていくのか、神様のほか知る由もないことである。
会社に着き、所属の課に行くと先輩の上甲(じょうこう)さんと湯浅さんが来ていた。朝の挨拶をするのももどかしく、召集令状のことを話した。
上甲さんは「とうとう来たか!」その言葉には、来るものは何をもってしても阻止できない。男で、元気であれば、召集令状がいつかは来る。皆来るべき運命が次々に訪れる。上甲さん自身にもやがてやって来るであろう。覚悟をしておかなければならないと、自分に言い聞かせているようでもあった。そして、自分より四〜五歳下の小田君に先に来るとはどんなことか?という意味も含まれていた。
私より二歳上の湯浅さんは、「それはおめでとう。いつ入るのですか?」と聞いた。しかし、この言葉の中にもだんだんと身近に迫る現実に言い知れぬ重圧を感じているようであった。
しばらくして、丹羽・森田・七田などの先輩が出勤して来た。ひとしきりその話になった。
「小田君なんか若いのだから、今のうち一回軍隊に行ってきておいたほうがよいかもしれんぞ。二年程行ってくれば、その間は軍隊で養ってもらえるし、その気になれば給料が残り貯金がたまるから::」
「これからは、偉い人になるには兵隊に行って将校になって帰っていないといけないから::」まさしく、そのとおり軍国主義の世の中、将校のみが、いや軍隊の階級序列が、この一般の社会的権力構造までも支配するような時代がくることが予想されるから。
斉藤係長が八十キロを越す大きな体を運んで出勤してくる。丸い顔、大きな声で、いつもと同じように「お早よう」と言って入ってきた。航空無線機製作について重要な人物で、立川航空機製作所等へもよく打ち合わせに行っていた。今日は丁度こちらに顔を出されたのである。私は早速召集のことを告げ、現在取りかかっている仕事が完成近いのに中途で止めることになり、大変迷惑をおかけする旨を話した。
斉藤係長は「そうか」と言って黙っておられたが、しばらくしてから「何にしてもおめでたいことだ。仕事のことは何とかするから、心配せずに行ってくれ給え。二年以上技手(ぎて)という資格でこの会社にいれば、召集免除にすることもできるのだが、そんな訳にもいかないし::」と言われた。
私はその頃、斉藤係長の指示により、陸軍の飛行機に乗せる無線機の一種類の開発を担当し、その試作機を作っていた。納期も迫っており、本当に困るが、軍は何を考えているのだろうか?とも彼は思ったようである。更に斉藤係長は「どうせ一年か二年すれば帰れるんだし、若いうちに軍隊生活をして、見習士官に早くなっておくほうがよいよ。会社の方はそのまま引き継いでいるのだし、帰ればすぐに出てもらえばよいのだから、そのほうは心配いらないから」と、有難い言葉である。「まだ日にちもあるし、事務所の方で手続きをしてもらいなさい。できるだけのことはするから」と親切に言って下さった。
そのうち、現場の工員の人達にも私のことが知れ、作業が始まってからも、そのことが持ち場で話題になっていたようであった。
事務所に行き西崎さんに話すと、「それはご苦労さんだね、こちらの方はよい具合にしておくからね」と半白の髪を少し下げて「それで、いつ東京を発つの?」といろいろ段取りを心配して下さった。
川添課長は私が入社以来特別に面倒を見て下さった方であり、また大変可愛がって頂いた上司である。小柄であるがなかなか元気がよく、大きな声でものを言う課長であった。叱ることもきっちり叱る性質で、信念のある努力家、社内で技術面の第一人者と言われ大変重要な地位にある方であった。
平素から私はこの方を人生の師とし尊敬する人だと思っていた。課長の在否を確かめ課長室に入った。課長は原書を読んでおられたが、眼鏡越しになんだろうという顔つきで私の方を見られた。

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