◆内務班での取り決め
あれこれ見ているうちに、大森助手が「これから兵営生活についての取り決め等について話すから、よく聞いておけ。よく聞いていないと困るぞ」と前置きした。「起床は六時、起床ラッパが鳴ったら起き、毛布をきちんと畳み、中庭に出て乾布摩擦(かんぷまさつ)をし、朝の点呼を受ける」
「点呼がすむと、班内当番は班内の掃除と、飯上(めしあ)げをしてくる。飯上げとは炊事場に行って『飯上げに来ました』と言って飯やおかずや汁をもらってきて、全員の食器につける。食事がすむと、この容器を洗って返すのだ。当番以外は、みな厩(うまや)に行って馬の手入れをするのだ、分かったか」大森助手は注意を続ける。
「朝飯後は教育だ。午前中の教育がすめば、馬に飼いばをやり、それからお前達の昼飯だ。午後も教育を受け、それが終わると、厩へ行って寝藁(ねわら)を入れ、馬運動と馬の手入れだ。それから夕食と入浴時間となる。機敏にしないと間に合わないぞ。夜の点呼は九時からで、これは班内だ。不潔にならないようよく身の回りの手入れをし、洗濯などもよくすることだ」
「それから、いつでも自分の所在をはっきりしておくこと。この大森に、どこどこへ行くと言ってからか、戦友に伝えてから行くことだ」
「次に、敬礼を忘れないようにすることだ。ここにはお前達より上のものばかりだから欠礼(けつれい)するな。それから我々第一中隊の中隊長は金井塚久(かないづかひさし)中尉だ。よく覚えておけ。その他気が付いたことはその都度言うこととする」
「さて、一度、官等級氏名(かんとうきゅうしめい)を言ってみよう」「陸軍二等兵
山田一郎」というようにだ。お前言ってみよと、私の前の者が指された。もじもじしてから「山田一郎」と言った。「自分のを言うのだ」と注意され、浜岡初年兵は今度は「陸軍一等兵
浜岡良夫」と言った。とたんに「お前はいつの間に一等兵になったのか。今日入ったばかりの二等兵ではないか。言い直せ」と、大きい声で注意された。こんどは「陸軍上等兵
浜岡良夫」と言ってしまった。あがったのでこんなことになったのだろうが、「馬鹿野郎、何が上等兵だ、分からん奴だ」と怒鳴られた。私はおかしかったが、笑われもせず気の毒でもあった。四回目にやっと「陸軍二等兵
浜岡良夫」と言った。
大森助手の注意事項は続いた。「早速本日の当番はこちらから四人とするから、晩飯から取りに行け。なお、今日は初めてだから、特に次の四人も当番として食器の受領、班内の用品、煙缶(えんかん)(灰皿)、掃除道具等を、物品倉庫より受け取って来い。今日はこれから、服に名前を着けよ。
そして、夕食までに手紙でも書いて出しておけ」と言われた。言われるままとりかかったたが、時間がなく葉書はやっと一枚書いただけだった。
夕食後は一人一人自己紹介をした。「僕はここに来るまでは::」と言いかけると、助教から、軍隊では「僕」「私」「俺」などと言わないのだ。自分のことを「自分」と言うのだ、と教えられた。しばらくは、私は近年東北や東京に住んでいたので常時使っていた「俺」が出そうであったが、次第に「自分」という表現に慣れてきた。「自分」という言い方は軍隊特有のものである。
「自分は、神戸の造船所に勤めていました。赤井明と言います」
「僕は、いや自分は吉岡太郎と言います。鳥取市で旅館をしていました」
「俺は、満州国で官吏を::、いや、自分は、満州国で官吏をしていました」
漁師もいれば散髪屋もおり、お寺の住職がいれば大工もおり、農家の人もおり多種多様な職業である。
輜重兵で輓馬(ばんば)中隊なのに、特に馬に関係のある人は一人もいなくて、適材適所でないことをここでも感じた。しかし、そんなことを言っている時世ではないのである。この輜重兵の本科は体格の良い人ばかりであるが、教育召集や召集兵は、昔の特務兵とか輜重輸卒(しちょうゆそつ)と呼ばれる名残があり、比較的背の高くない人が多かったように思われた。
軍隊も兵科によって主要任務が異なり、輜重兵は歩兵や砲兵のように華々しい兵科ではなく、弾薬や食料や種々の物資を輸送する任務を帯びた兵科で、重要であるが地味で苦労の多い縁の下の力持ち的な兵科であった。