◇軍隊生活と教育訓練
◆起床
起床ラッパが鳴った瞬間みんな跳ね起きた。六時丁度である。室内は騒然とし、大急ぎで毛布を折り畳んだ。少々荒くても何でもよい。早く服装を整え靴を履き外へ出た。一番後や後から二番目当たりになると、叱られ気合(きあい)を入れられるからだ。当時軍隊では、早くしろ、元気をだせ、怠けるな、たるんでいる、しゃんとしろと言葉で注意されるだけでなく、鉄拳制裁(てっけんせいさい)をも受けることと、自分自身に対して勇気を出すよう奮起することをも、『気合を入れる』と言っていた。何にしても気合を入れ早く行って整列し、上半身裸になって、ワッショイ、ワッショイと掛け声をあげ乾布摩擦をするのだ。二月の朝六時は薄暗く寒いが、擦(こす)っていると背中がだんだん暖かくなった。
終わるとすぐ上着を着て整列、番号を二、三回繰り返し、やっと人員異常なし。そのうち、週番士官がやってくる。各班ごとに異常の有無の報告がされ、軍人勅諭(ぐんじんちょくゆ)の奉読が始まる。
一ッ、軍人ハ忠節ヲ尽クスヲ本分トスベシ
一ッ、軍人ハ礼儀ヲ正シクスベシ
一ッ、軍人ハ武勇ヲ尊ブベシ
一ッ、軍人ハ信義ヲ重ンズベシ
一ッ、軍人は質素ヲ旨トスベシ
やがて東の空が明るくなってくる。こうして軍人精神を叩き込まれるのだから、強くなるのも当たり前であると思った。私生活においてもこれぐらいの気概でやれば、いかなる仕事も成功するであろうと感心したのである。しかし自分の自由意志のみでは実行することは困難であろう。こうして強制され、皆と一緒だからできるのだ。
体も暖まり、気合いも入ったところで、各班共、当番兵を残して全員厩(うまや)へ隊列を組み駆け足で行くのである。軍隊では大抵の場合駆け足であり、歩いていては間に合わない。ぼつぼつ歩けば、ダラダラしていると言って叱られ、気合を入れられるのだ。
◆厩動作(うまやどうさ)
第四班の厩に行くともう古年兵が来て、馬房(ばぼう)という馬が一頭ずつ繋(つな)がれて休む場所から馬を外に引き出している。新兵の我々がウロウロしていると、古年兵が「こら!教育兵、タラタラせずにやらんか」と怒鳴った。厩に入っても何をどうするのか分からない、その上、馬が恐ろしいから手のつけようもない。「寝藁(ねわら)を外へ出さんか」と言われて、古年兵が馬を連れ出した後の馬房にやっと入ることができた。馬糞(ばふん)まみれになった寝藁を手でつかむと、糞の臭いと汚らしさで何ともいえない。「ぐずぐずせんとやらんかい!」と罵声(ばせい)がまたも飛んできた。
馬の糞と寝藁を担架に乗せて二人で担(にな)って運び出し、広場へ広げて天日に当てて乾かすのである。馬糞の臭いこと、生まれて初めて馬糞を手でつかんだのである。
「何をぐずぐずしているのか」「何をしとるか!」と言われ追い回された。こうなればもう臭くも汚くもない。叱られるのが恐くて一生懸命に藁をつかんでは担架に乗せ外に運び出し広げた。
その内また「お前らは藁ばかり運んで、馬を出さんかい、馬を。お前らはタルンでいるぞ」ときた。さあ大変だ。ウロチョロと箒(ほうき)を持ったり藁を運んで、なるべく馬に触れないようにして忙しいふりをしていたが、もう許してくれそうにない。「馬を連れて出すんだ」と古年兵が言ったかと思うと、あっという間もなく私は馬房の中に突き飛ばされた。
馬は頭を奥にして繋(つな)がれ尻を入り口に向けているので、ちょうど馬の後足の横辺りに押し込まれた格好だ。馬に蹴られるのが怖くて馬に近づかないでいるのに、こうなっては死にもの狂いだ。外へ逃げて行くこともできず、仕方なく馬の腹の横を恐る恐る通って頭の所に行った。咬(か)まれるのではないかと近づいたが、幸い馬はジーッとしていた。しかしどうやって繋いだ金具を外すのか分からない。やっとのことで金具を解き馬を外に連れ出すことができた。他の教育兵達もあちらこちらで、「これぐらいのものが怖いのか、ばかやろう」と怒鳴られていた。
全部の馬が外に出された。馬の手入れが始まったが、昨日入隊したばかりの我々には、全く知らないことばかりだった。