◆兵器受領
大仲助教は、「今日はこれから兵器受領だ」 「駆け足」の号令と共に我々を引率して兵器庫の前まで行った。みんな、三八式騎兵銃(さんぱちしききへいじゅう)と帯剣(たいけん)を受け取った。この兵器の番号を兵器係の人が控えている。また助教から兵器について話があった。「銃には菊の御紋(ごもん)がついている。絶対粗末にしてはいけない。銃の手入れい・か・ん・で、その人の精神状態が分かるから、充分手入れをしなければいけないぞ」
そのような話を聞いている最中に、後の方でガチャンという音がした。皆がハッとしてその方を見ると、新井二等兵がどうしたのか銃をひっくりかえし、急いで拾い上げているではないか。「出てこい!」助教の鋭い声がした。新井二等兵の顔色はなかった。「バカヤロウ」と言うが早いか、ポカリ、ポカリと左右の頬を殴られた。「こんな奴がおるからいけないんだ。バカヤロウ!みんなも気をつけろ」と大きな声がした。「兵器を粗末にしたら営倉(えいそう)だぞ、営倉というのは軍隊の刑務所だが、そこに放り込まれるのだ。分かったか」と脅された。
それから細かく、銃、剣の手入れ方法の説明があり、各自、自分の兵器の手入れをした。私は学校で何年も習ってきたので、たやすいことであったが、これまでにやったことのない人にとっては覚えにくいようであった。「一回言ったら覚えておかんか」と怒鳴られている。すべてこのように強制的に詰め込む教育である。ガンガンと叱りつけて覚えさせるのである。体で当たって悟らさせるのである。気合いを入れ、殴ってでもやらせるのである。学校や会社でのやり方とは大分趣が変わっているが、これが軍隊のスパルタ式教育である。
一通り兵器の分解、組み立て、掃除手入れの仕方等を教えられて班内に帰った。班内の所定の場所、銃を立てかける銃架(じゅうか)に銃を立て架け、枕元の棚の下にある鈎(かぎ)に剣を吊した。他人の物と自分の物と間違えないように、また間違えられないように気をつけなければならない。早速自分の銃と剣の番号と、一目見て分かる特徴を覚え、右から何番目に置いたかを確認した。暗闇でも握っただけで自分の銃が分かるようにしなければならないのだと教えられた。
それがすむと、「全員駆け足で外に並べ」の号令で外に出て並んだ。部隊内の建物や設備の位置を知るため駆け足で一周した。一中隊の位置は分かっていたが、二中隊、三中隊の建物、聯隊本部、お菓子やたばこや日用品を売る酒保(しゅほ)、炊事場、物干場、将校集会所等々を教えてくれた。
まだ十二時前かと思っていたらとっくに過ぎており、そのまま厩に向かって駆け足だ。馬に昼の馬糧(ばりょう)をやりに行くのだ。馬は頭を奥にして繋がれているので、奥にある桶に馬糧を入れるには、馬の尻の側から入り胴体の所を潜るようにして入らなければならない。馬は腹が減っているのでガタガタしている。慣れていない我々には容易なことではなく、またしても恐る恐るの作業である。
それがすむと、やっと兵隊達の昼飯となる。班内に帰って昼飯を食った。飯はいくらか臭いが、腹が減っているので全部食べた。食事がすみアルミ製の食器を洗って、たばこを取り出そうとした。とたんに「貴様らは、食った後の机の上を奇麗に掃除しないのか」と大きな声で雷が落ちた。みんなで、こぼれた飯粒を拾い、机の上を拭いたり床の上を掃いたりした。
軍隊では金物で出来た丈夫な灰皿を煙缶(えんかん)というのだが、「たばこは煙缶の所で吸わなくてはならんぞ」と言われており、やっと火をつけて一服した。今朝から初めての一服であり、何とも言えない美味しさであった。ものも言えず良い気分になりかけていたところ、三分もたたないうちに「これから卷脚半(まききゃはん)をつけて舎前に集合」との号令がかかった。遅くなればなる程叱られ、余分に駆け足をさせられることは分かっている。たばこの火をもみ消し、皆、靴を履き、卷脚半を巻き、外に整列した。