◆教官の手伝い

一ヵ月二ヵ月過ぎていくうちに、体操は先ず教官が指導し、助教がやって見せる。次に「小田、お前号令をかけて体操をやれ」と言う。また、私を名差して「週番士官の実施目標を言ってみよ」となる。いつ、何を聞かれても、私なら確実に答える。教育を受けた内容をすべて覚えているので、教官、助教、助手から認められ、同期の教育兵からも信頼されるようになった。
中学(旧制)で五年間、更に専門学校(旧制)で三年間教練を正課授業で受けているが、教練という学科は軍隊ですることと同じことを習うので、誰よりもよくできるのは当たり前のことである。私も召集で来ているが、現役と同じ年令で来ており、若い最中なので記憶力はよいし、私より年が五歳も十歳も大きく地方で各種の職業を持ち召集で来た人より学科で一歩先んじているのは当然のことだった。
むしろ、基本の教科が分からない同期の人達によく教えてあげたものだ。そんなことで、模範的存在になり、有難いことだった。また、同期の召集兵だけの時には、常に私が引率者となり号令をかけており、皆も安心して付いて来ていた。
しかし、馬の扱い方や車を引く実務についてはみんなと同じで、自信はなく半分恐る恐るやっており、ただ、事故を起こさないように、特に目立った失敗をしないように心がけ、細心の注意をはらってきた。その結果、馬の扱い方も順調に身につき人並にやれるようになった。馬を扱う実務については、お互いに協力し合ってやることが多いので、皆に助けてもらったことの方が多かったかも知れない。しかし自分自身もよく頑張ってきたと思う。
どこの社会でも同じであるが、軍隊では特に要領が悪いと叱られたり殴られたりすることが多くなる。例えば、指示に従わない、生意気、感じが良くない、さぼっている、不真面目、動作が鈍い、覚えが悪い、事故を起こす等悪い印象を与えてしまうと、メッコを入れられて、叱られ殴られる回数が多くなる。
それは訓練時間中はもちろん、厩にいても、内務班内においても所かまわず、教官、助教、助手を始め、下士官や班内の古年兵からも、その他兵営内の先輩の兵隊からもやられるのだ。軍隊では朝昼晩の区切りはない、眠っている間以外は、二十四時間連続であり、それも激しい制裁だからたまらない。それで鍛えられるのだと言えばそれまでだが。
私は格別要領がよい方ではなく敏捷(びんしょう)な方でもない。でも、入隊前に郷里の河本梅雄さんに聞いたことを大いに参考にして頑張った。それに本来真面目だし、内務班での行動も的確だからおかげで評判も悪くなかった。たまに些細なヘマやミスがあっても機転をきかし要領良くカムフラージュし、上手に息を抜くことも結構やっていた。そうでなけばやっていけないから。
とにかく、体を使い、心も使い、一生懸命にやった。そんなことで、数ヵ月の教育期間をすませ、お陰で検閲(けんえつ)を優秀な成績で終えることができた。軍隊で教育を受ける期間は決して樂ではない。苦しい苦しいの連続であるけれども、皆に認められながら過ごせたことは有難いことであった。今、顧みると、それは私の青春を飾る一コマであったかも知れない。
---本誌は自分史的なものであるので、しばらく横道にそれるが、小田敦巳本人が自分を観察し、若い頃どんな人間であったか、長所短所を含め人物評をしておくのも面白いのではなかろうかと思い、自慢らしいことも並べてお恥ずかしいことだが、書かせて頂くこととする。
先ず、性格や能力等については、頭の働きも体の動作も敏捷でなく、やや遅い方だが正確な方。コウバイはキツクない方で、長男にありがちなおっとり型である。おとなしい性質で、自己の考えを強く表面に出したり口がよく回る方でなく、やや損をする傾向がある。自己の宣伝が下手で目立たない存在である。協調性に富み、当たりさわりが少なく、多くの人に可愛がられ、敵が少ない。難問をドンドン解決するような力強さに欠けている。責任感は強く真面目人間の方で、縁の下を支える型の人間でもある。
社会常識マナーは、まあ良い部類だろう。親分肌で皆を引きつけるというのではなく、召集兵の中で私が一番軍事訓練等について知っており、教官や助教に認められ、みんなからも頼りにされ、同期の皆をリードするようになったまでのことである。
軍隊では心身鍛錬と気分転換のため、相撲をよくとらされていたが大抵(たいてい)勝っていた。ある時勝ち残りにしたら、五人に連続で勝ったのは痛快だった。特に相撲の練習をしたわけではないが、案外腕の力が強く柔道の業を習っていたので、体格の大きい人をも負かせることができた。
学生時代から、マラソンや千五百メートルを走ることは苦手で、中以下であった。軍隊に入ってから、軍装を整え長距離を走ることは苦しく苦手であった。小柄だからコンパスが短く、やや太り目で、ガブガブの靴を履いて走るのだから、尻から三分の一ぐらいの順位で、目立った遅れ者にならないよう頑張った。でも軍隊の訓練は厳しいので次第に駆け足にも馴れてきて、月日がたつと苦しさは緩和し、大分よく走れるようになってきた。

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