夜中、二時頃だろうか、ポツリポツリと雨が落ちてきた。困ったなあ、と思っている間に凄い雨になった。用意していた外套(がいとう)を着た。立ったままが一番よい。
薄い外套を通して雨が浸透してくる。外套の頭巾(づきん)に雨がザンザンと音を立てて降り注いでくる。
よく、バケツをひっくり返すようなひどい雨だと表現をするが、そんなことではない。ドラム缶の水を頭から浴びせかけられるようだ。
馬には覆う物等何もない。ずぶ濡れになってしまっているが、どうすることもできない。篠突(しのつ)くような雨は一層激しくなり、傾斜地を水が駆けおりて流れてくるのを足に感じる。真っ暗闇の中でどこがどうなっているのか見当もつかない。
馬が時々身震いをしている気配を感じる。私も馬もじっと我慢するより仕方がなかった。早速、ビルマの雨の洗礼を受けたのだ。これが雨期末期九月の雨だった。
先々この五、六、七、八、九月と続く長く激しい雨期の雨に泣かされ、多くの戦友が命を奪われることになろうとは思わなかった。雨期に対し、十、十一、十二、一、二、三、四月は雨は一滴も降らず、乾燥してしまい草は枯れ、灌木(かんぼく)は葉を落としてしまうような乾期となる。それ程気候の変化が激しい風土とは知らなかった。
◆ピュンタザの町に移る
四、五日後、ラングーンを離れ他所へ移動することになり、早朝より丸一日かけて、すべての荷物を兵站から運び出して、輜重車を分解し弾薬箱等多くの荷物を次々に、鉄道の貨車に積み込んだ。列車は機関車、貨車とも小型のものであった。馬も夕方になり天蓋(てんがい)のある貨車に引き入れ、順序よく並べて繋いだ。陸の上だけの作業なので、乗船時のウインチを使用しての作業に比べると楽であった。
しかし、長い踏み板を貨車の端に掛け、傾斜した板の表を馬に歩かせるのだから、滑らないように注意する必要もあり、少しの事故でも起こさないようにしなければならなかった。
積込み作業中、ふと見ると貨車の隅に小型のサソリが二、三匹うずくまっていた。用心用心。
馬に飼を与え厩当番を貨車に残し、我々はその晩は、疲れた体をかばいつつ駅の倉庫の中でごろ寝した。夜中に蚊がぶんぶんと顔を刺しに来たが、はねのけはねのけ眠った。
どこへ連れて行くのか知らないが、我々を乗せた貨車は、北に向かって走っているようだ。貨車の箱には左右に入り口の開口部があるだけで、全く風の入る所がない。日中は天蓋(てんがい)が焼けて暑いこと暑いこと、馬も同様に暑い思いをしているはずだ。山のない広い平野や田園の中を、おもちゃのような汽車は遅いスピードでコトコトと走って行った。
半日ぐらいしてピュンタザという町に着いた。マンダレー街道に沿った町で鉄道の機関庫があるちょっとした町だった。レンガ造りのしっかりした家や、木造でトタン屋根の家が多かった。そのような中程度の町であった。中心に大きな池のある町で、現地人は皆民族の衣装を着ていた。
この町の比較的良い家を借り上げて使用した。我々は異国の兵であるが、一つ場所に別に兵舎を建てて住むのではなく、地域混住のような状態で民家を借りて住んでいるので、町の人々に接する機会が多く、幾らかビルマ人の生活や言葉を見聞した。
この頃は、日本軍の勢力が強く、敵の飛行機はこんな普通の町を空襲して来ないので、安心して地域内に混住出来たのである。
◆当時のビルマについて
民家を借りているのだから、道を通るビルマの子供がやってくる。親しそうに「マスター」「マスター」と言ってくる。どこの国の子供も可愛いいものである。大人達も道を通っていて目を合わせると、にっこり会釈し「日本の兵隊さん、今日は」などと片言の日本語で挨拶をする。

初めて見るビルマ人は、男も女も大人も子供もみんなロンジといって、ちょうど女性の腰巻きに似たもので少し余裕のある筒状になっているものを、前の方で絞り大きく結んで腰に巻き付けている。別の紐(ひも)で縛(しば)っているのではなく、ロンジの端で上手に結んでいるのだが、決して解けて落ちるようなことはない。下には何もまとっていない。上半身にはエンジという、袖のついた薄手の上着を着ている。それだけである。
男のロンジは茶色等地味なものが多く、女のは赤や緑など派手なものが主で、エンジは白い布のものが普通である。普段の作業着とお祭りで着るものとは色も物も違う。また、上流階級の人の身につけているものには、絹地に金糸銀糸を刺繍(ししゅう)したあでやかなものもある。履物は普通、皮草履かサンダルのようなものを履いているが、子供達は裸足(はだし)が多く、大人も農夫等は裸足で固い足の裏をしている。
ビルマ人の大部分は、我々日本人や中国人と同じ黄色人種で、しかも日本人と殆ど変わらないような顔付きをしている。しいて言えば、我々が夏、日焼けしているぐらいの色で、中国系の人は美人も多くスリムなスタイルの人が多い。ビルマ人にもいろいろな人種があり、印度系の人は色が濃くそれなりの顔立ちをしている。だが、多くの人は日本人と似ているのでまず親近感を覚える。

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