◇輜重本来の輸送業務解除
◆馬や輜重車両全部を他部隊に渡す
ヘンサダに一週間いたが、私の所属する第二小隊は、その間に他の部隊に車もろとも(各班に一両づつ車を残し)、馬も全部渡すことになった。どんなことでこのようになったのか知らないが。一日がかりで最後の点検整備を行い、申し送りに必要な準備をした。
思えば去年六月以来、共に苦労してきた馬とも今日限りお別れかと思うと胸を締めつけられるものがあった。
馬も、知らない兵隊に使われるのだから馴れるまで辛いことだろう。どこに連れて行かれるのか分からないが、北部ビルマ方面の輸送に使われるとのこと、あまり苦しい目に遭わなければよいが。馬にとってこの暑い国、病気の多い国で、山また山、道なき道を、馬糧も無く、重荷を運び戦うのは辛く苦しいことであろう。思っただけでも可哀相である。
おとなしく利口な愛馬「金栗(きんくり)号」も連れていかれる。私は自分の馬に髭面(ひげずら)を摺(す)りつけ、首を撫(な)で、たてがみをといてやり、しばし別れを惜しんだ。馬は賢い動物だから、すべてを感じているはずである。惜別の情堪え難いものがある。瀬澤小隊百頭の馬よさようなら!元気でやれよ。涙 涙 涙 ああ・・・・
こんなことになって馬と別れるとは、夢にも思わなかった。
引渡し業務がすむと、その次の日から厩作業が無くなり気が抜けた。今まで一日たりとも一食たりとも欠けることなく、餌を与え水を飲ませ、馬体の手入れをしてきていたのに、急にいなくなると寂しくリズムが狂ってしまう。馬の世話は大変だったが、いなくなると虚脱(きょだつ)感で放心したようだ。
◆プローム方面に向う
馬の引渡しがすむと二日後には、また移動出発だ。汽車に乗せられたが今度は今までと違い自分の装具と小銃等携帯の兵器だけなので簡単だ。夕方ヘンサダの駅を出発し夜が明けると、広い平野の中を列車は走っていた。
所々に森があるが、そこが集落や町である。かなり大きな町の駅に止まった。ビルマ人が「マスター マスター」 「セレー、バナナ、マンゴウ」と言って、物売りにやってくる。頭の上に竹で編んだ籠を乗せ、その中にそれらを入れており器用に持ち運んでいる。
私が、ビルマ言葉で「ベラウレ、パイサンベラウレ」お金はいくらかと聞くと「これ五十銭(ゴジツセン)、これ一円(イチエン)」と答え商売になる。ビルマでは日本軍の発行する軍票が通用するので欲しい物が買えるようになっていた。
軍隊でも階級に応じ給料が支給され、我々兵隊にはほんの小遣い程度だがこの軍票が支給されるので、それで買物ができたのだ。
セレーは現地たばこだが、内地の桑の葉のようなものに、たばこの軸とたばこの葉を刻んで入れ、万年筆ぐらいの大きさに巻き乾かした代物である。桑の葉と見えるのもたばこの葉かも知れないが。
用心して吸わないと火の粉がポロリと落ち服に穴があく恐れがある。でも日本のたばこの配給は殆ど無いので、兵隊はこれを買ってよく吸うたものだ。その他にも、トウモロコシの鞘(さや)のような物にたばこの葉を詰めこんだ大きい形の物などいろいろなたばこがあった。あまりうまいたばこではなかったが、そんなことは言っておられなかった。
バナナもいろいろの種類があり、美味しいもの、あまり美味しくないもの、大きいもの小さいもの、種のあるもの、種のないもの等があった。台湾の高雄で食べた程美味しい物はなかったが、我々の命を救い元気をつけてくれたのはこのバナナであった。また、ドリアン、マンゴウ、パパイヤなど熱帯の果物が元気をつけ命を繋ぎ、よみがえらせてくれたのだ。
貨物車の入り口の扉を開けて空気を入れているが、天井の鉄板が焼けつき暑くてたまらない。しかも停車中は風が入らないので特に激しい暑さとなる。いつ発車するか分からないので、降りても汽車の近くを離れることはできない。
列車が走り続ける。どの町にもどの村にも、大きいパゴダや小さいパゴダが、金色に、または真っ白に、美しい姿で建っている。村は貧しいがお寺はしっかりしており、しみじみ仏教の国であることを知らされる。
しばらく行くと、焼けたばかりの大きな町に差しかかった。三、四日前焼夷弾(しょういだん)で焼野ヵ原となっていて、まだくすぶっている所もあり、焼け残りの柱が黒焦げのまま立っていた。しかし、幸いに鉄道線路はやられていなかった。
午前十時頃になって空襲警報が発令され、列車は平野の真ん中に止まった。みんな跳び降り、線路より横方向百メートルぐらいの所にある木立の中に隠れた。幸いに敵機は来なかったので、再び列車に乗り発車した。午後四時頃プロームという駅に到着したが、そこにはホームがあるだけで駅舎等何もなかった。
プロームの町を歩いて行くと、ここも最近の火災で、黒焦げの柱が立ったまま残っていた。かなり大きな町が、無残な灰燼(かいじん)の町と化している。住んでいた現地人はどうしているのだろう、近くに全く人影は見えない。
この町はビルマ西部を流れる大河イラワジの中流部の左岸に位置しプローム鉄道の終点である。
また、ラングーンからここを通り、更に北に伸びていく幹線道路プローム街道の中心地に当たり、ビルマで屈指の人口を持っている。それに、ここからイラワジを渡りアラカン山脈方面へ行く渡船場でもあり、非常に重要な地点である。その町の中心部分をこのように焼かれているのだから、敵の勢力が次第に伸びて来ていることがよく分かる。

次の章に進む

TOPへ戻る