『文明5年(1473)蓮如上人が加賀二俣本泉寺から
井波の瑞泉時へむかわれる途中ふと腹痛がさし起こり
大変お悩みになっていた。そこへこの附近の陀躰法師という
禅僧が通りあわせ懐中の丹薬を捧げたところ、上人はその厚意を
非常にお喜びになり、薬を飲むための水を求められた。
しかしその路傍のくさむらには一滴の水もなかった。
さらばと杖を持って傍らの地をうがち給うと清らかな水が
こんこんと湧きでるようになった。
これを見て奇異に感じた陀躰法師は上人を草庵に招じ、
他力の道を聴聞し名を聴信坊と改め、真宗の教えに帰依した。』
平成7年8月 福光町教育委員会
【現地案内板】
福岡図書館で何気なく借りてきた朝倉喜祐著「蓮如 北陸路を行く」に紹介されていました。
県道福野城端線の宗守信号から福野方向へ約200m。旧農協乾燥場建物の近くの田んぼの中にあります。
現在もこんこんと湧き出ています。【2005年7月撮影】
大切に保存されています。【2005年7月撮影】
田園地帯のど真ん中。【2005年7月撮影】