はまるまでのお話

 ここでは私が旅行貯金(郵便局巡り)にはまってしまうまでのお話をしたいと思う。この趣味をやっていて、かつ鉄ちゃんだと言うと大抵は「種村直樹氏の影響ね」と思われるようであるが、私はそうではない。なにしろこの趣味は俺が発見したんだ、と思っていた奴である(笑)。では、どのようにはまっていったか、時期を分けてお話ししましょう。

○大学1回生の夏(1992年8月頃)
 大学に入学して鉄研に入ってしまった私は、夏合宿に参加するため北海道へと向かっていた。うちの会では合宿は現地集合が慣例となっていて、今回は確か釧路駅集合だったと記憶している。大学に入るまではずっと大阪に住んでいた私にとって、北海道への一人旅は生まれて以来最大の旅行である。さすがに張り切っており、大阪から何を思ったか紀勢本線の鈍行に乗り込み紀伊半島を一周し、急行「ちくま」を名古屋から乗って、飯山線、只見線を走破。磐越西線で新津に出て宿泊し、始発の50系客車列車に乗って酒田へと到着した。ここで宿代などを払ったために財布の中が寂しくなった事に気づき、お金をおろすために郵便局へ行くことにした。郵便局に興味のない当時でも、さすがに郵便貯金は全国で利用できる事は知っていた。駅で郵便局の所在を聞き、酒田駅前郵便局へ行った。無事カードを使ってお金をおろす事ができたのだが、ここでなにげに記帳された通帳を見ると、見慣れない5桁の番号に目がいった。普段は岡山県内の郵便局である「54***」しか見ていないため、山形県の「85***」が異常に目立っていた。しかし「へえ、この郵便局は随分とでかい番号だな」と思ったが、その時はそれ以上の興味は沸いてこなかった。これが最初に郵便局の番号を気にした一件である。

○大学2回生の夏(1993年8月頃)
 前回の酒田駅前郵便局から1年が経過し、今年も鉄研の夏合宿の時期となった。今年も北海道での合宿で、皆と道南の方を回った後、一人で小樽に行った時の話である。快速「ミッドナイト」で札幌入りし、鈍行で小樽に降り立った私は、お金をおろすために小樽駅前郵便局へと立ち寄った。で、ここでも1年前と同様、通帳に印字された取扱局番に目がいった。しかもここでは「もしかしてこの郵便局の番号は全国唯一?」と初めて気付き(遅い・・・)、試しに他の郵便局に行ってみるという行動に出た。小樽の観光を兼ねてぶらぶらしていると、ビルの1階に小樽産業会館内郵便局(と思われる)を発見し、早速自動機の前へ。ここは確かCD機だったので残高照会をしたと記憶している。で、レシートの記述を見るとやはり小樽駅前郵便局とは番号が違う。「おお、やっぱり」とちょっと嬉しくなったが、その時はその事実を確かめただけで満足してしまった。しかし、郵便局の番号への興味が沸いてきた一件でもあった。

○大学2回生の秋(1993年9月末頃)
 そしていよいよはまってしまう事になる。この日は鉄研の先輩(横井さん)と友人(宇和川君)の3人で瀬戸内の景勝地である牛窓へのドライブに出かけた。途中、お金を降ろすために西大寺益野郵便局に寄って戴き、お金を降ろしたのだが、ここでまたまた郵便局の番号に目がいった。しかも今回は「この番号を調べてみたら面白いんじゃないか」と思い始め、牛窓への道中にある郵便局に立ち寄って戴いた。横井さんは親切にもあちこちの郵便局へ立ち寄って下さり、たちまち5局ほど訪問した。しかし、この時は通帳にゴム印+主務者印というスタイルは知らないので、ATMがあれば1000円を預け、CDならば1000円下ろすという行動を繰り返し、レシートに郵便局の名前を自分で記入していた。しかも使用した口座は親からの仕送り用で、通帳は大阪の親が持っていたため、親に電話して「通帳であほな事してるけど、ちゃんと通帳記入して、通帳が終わったらこちらに送って」などとお願いしたりもした。この方法だと親にかなりの迷惑を掛けるため、若干の疑問点を持っていたが、とりあえずこの日はこの方式で初の旅行貯金となった。当日は「凄い趣味を見つけたで〜」と熱っぽく語ったのを今でも覚えている。家に帰ってレシートを保存する箱を用意したりもした(笑)。

○大学2回生の秋(1999年10月初め頃)
 完全にはまった牛窓ドライブから数日後、行きつけのパチンコ屋(当時は結構行っていた)で鉄研の友人(K氏)に偶然出会い、牛窓での事を話すと、「ああ、それは旅行貯金やね」との事。ここで初めて旅行貯金なるモノの存在を知り、一般的な「ゴム印+主務者印」という方法を教わった。彼自身は旅行貯金に手を出してはいなかったが、種村氏の著作物を読んで知っていたようである。私自身、例のレシートに局名記入の方式はスマートではなく、何かもっといい方法はないのかと思っていただけに、大変貴重な情報であった。以後は新しい通帳を作ってゴム印と主務者印というスタイルにする事を決め、そして運命の10月6日を迎えるのであった・・・。


 というのが、私がこの道にはまってしまうまでのお話である。これを見て分かるように、郵便局に振られている番号が無ければ、恐らくこの道にはまることは無かったと思っている。
フクロウ付き仕切り線
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