小説(日本)

(更新日の新しいものが上です)

索引

36.栗本 薫 「時の石」(2009/09/04)
35.平野啓一郎 「決壊」(2009/09/02)
34.貴志祐介 「新世界より」(2009/09/02)
33.浅田次郎 「壬生義士伝」(2003/01/18)
32.西垣 徹 「1492年のマリア」(2002/10/14)
31.幸田真音 「マネー・ハッキング」(2002/05/06)
30.幸田真音 「小説ヘッジファンド」(2002/05/04)
29.幸田真音 「凛冽の宙」(2002/05/04)
28.江上 剛 「非情銀行」(2002/04/28)
27.筒井康隆 「ロートレック荘事件」(2001/05/27)
26.筒井康隆 「富豪刑事」(2001/05/27)
25.筒井康隆 「時をかける少女」(2001/05/06)
24.筒井康隆 「エディプスの恋人」(2001/05/06)
23.筒井康隆 「七瀬ふたたび」(2001/05/06)
22.筒井康隆 「最後の伝令」(2001/05/06)
21.筒井康隆 「家族場面」(2001/05/06)
20.筒井康隆 「夜のコント冬のコント」(2001/05/06)
19.筒井康隆 「家族八景」(2001/05/06)
18.筒井康隆 「薬菜飯店」(2001/05/06)
17.筒井康隆 「敵」(2001/05/06)
16.村上 龍 「共生虫」(2000/06/11)
15.中野孝次 「暗殺者」(2000/06/04)
14.村上 龍 「インザ・ミソスープ」(1999/05/05)
13.遠藤周作 「深い河」
12.鈴木光司 「ループ」
11.高橋義夫 「江戸鬼灯 えどほうずき」
10.司馬遼太郎 「幕末」
9. 馳 星周 「不夜城」
8. 藤沢周平 「橋ものがたり」
7. 安部公房 「カンガルー・ノート」
6. 村上 龍 「五分後の世界」
5. 太宰 治 「グッド・バイ」
4. 高橋和巳 「我が心は石にあらず」
3. 野坂昭如 「火垂るの墓」
2. 加賀乙彦 「生きている心臓」
1. 村上 龍 「ヒュウガ・ウイルス 五分後の世界U」

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「時の石」
栗本 薫 著、角川文庫、1983/1988、380円
   
今年の5月に亡くなった栗本薫さんを悼み古い文庫本を引っ張り出して読んでみました。表題作を含む3編からなる文庫本ですが、特に想いが残っていた表題作を読みました。初出が1978年11月とありますから、初期の作品と考えられます。文庫本の発行日付からは私が読んだのはそれからほぼ10年後(いまから21年前)ということになりますが、この「時の石」というアイディアに大いに関心したことを覚えています。再読しても同じように新鮮に感じます。そして「時」を前向きに進んでいく青春物語にも爽やかさを感じます。しかし同年代の人達が亡くなっていくのは哀しく寂しいものです。
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「決壊」
平野啓一郎 著、新潮社、2008、上下各1,800円
   
昨年の6月に秋葉原での無差別殺人事件が起きた直後に発刊になり一部話題になった小説ですが、事件そのものとの関連は特に意識しませんでした。昨今ではメールやネットは当たり前の世界ですから、それらが小説の表現として使われるのも当たり前のことなのだ、と再認識しました。かなりの長編ですがあまり長さを感じさせません。それは殺人事件の犯人を巡ってのミステリーのような展開が一部にあるためだと思います。また、逆に登場人物達の発する言葉、表情の裏にある感情の動きを細かく描写していく文体は驚異的です。扱っている内容とそうした文体を合わせ、とても重く感じましたが大いに魅力的でもありました。どうにも気になって最後の節だけ読み直しましたが、もう一度全体を読み直したいと思います。
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「新世界より」
貴志祐介 著、講談社、2008、上下各1,900円
   
昨年、出版早々に読み、その後もう一度改めて読みたいと思っていましたが、ようやく一年後に再度読み始めました。初読の時にも感じたのは、著者はSFと語っていましたが、私はSFというよりもファンタジー、おとぎ話(それもかなり残酷な)のように感じました。当時少女だった女性による回想記の形をとっているため、心理描写が一面的にならざるを得ず、その点はこうした形式の弱点となっているように思います。ただ、それによって物語のスピード感が作られているとも言えると思います。それと第二章はこの世界の背景や歴史をほのめかしている重要な章ではあるのですが、少年少女の冒険談形式のためやや冗長に感じます。特にバケネズミの戦闘の記述は物語の最後へと続く伏線ではあるものの、これも冗長な感じが否めません。ただ、どんどん物語に引き込んでいく著者の力量は大したものだと思います。なお、随所に興味深い仕掛けが設けられていますが、中でも悪鬼と業魔の概念は物語の中心をなし、人の本性にも関わるものでとても面白いと思います。また、題名とその意味や使い方は物語全体を覆う極めて大きな装置になっています。改めて読み直して感じたのは、結果的には人に対する希望を表しているように見えますが、実は人に対する絶望や人の持つどうしようもない業を表明しているようにも思えたことです。
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「壬生義士伝」
浅田次郎 著、文春文庫、2002、上下各590円
   
浅田次郎の作品を読むのは初めてですが、その語り口に意表を突かれました。吉村貫一郎なる南部藩出身の新撰組隊士の南部訛りによる独白と彼を知るものたちの思い出話からの構成にも驚かされました。独白はまさにその時を描き、思い出は彼の死語数十年たった大正を背景に語られます。こうして明治を素通りさせることで逆に幕末を鮮やかに描き出すことに成功しています。主人公たる吉村貫一郎の生き様が中心であることは言うまでもありませんが、彼の家族、新撰組隊士、さらに彼らの周囲の人々一人一人を際だたせその生き様までを浮き上がらせている小説です。人が自分の言葉で人を語ることによる真実味がそれを可能にしているのでしょう。それにしても戦後日本の平板な時代からしてみると明治維新を挟んだ時代の変革というのは本当に凄まじいものがあります。日中戦争、太平洋戦争をかいくぐった我々の親の世代もまたそうした時代を経験したのだと改めて思いを馳せました。
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「1492年のマリア」
西垣 徹 著、講談社、2002、2000円
   
著者は情報科学の専門家であり、あとがきにもあるように物語そのものよりも筆者の抱えるテーマを小説という表現形式で表したものと言えそうです。「ルルスからはじまって、普遍論理、ユダヤ人、コロン、アメリカ、コンピュータにいたる糸」を、現在に立って説き起こすのではなく、その時代に身を置いて語ってみたい、それによって新たにあるいはより鮮明に見えるものがあるかもしれない、という試みではなかったのでしょうか。そしてその試みは成功しているのではないでしょうか。小説あるいは物語という表現形態を採らなければ伝えられない生身の感情や肉体といったもの、「情報」とはそうしたものも含むものであるということもまた、筆者の主張だろうと思います。
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「マネー・ハッキング」
幸田真音 著、講談社文庫、1999、667円
   
1996年に出版された単行本「インタンジブル・ゲーム」を改題して1999年に文庫化されたものです。著者の得意とする金融取引とコンピュータ・ハッキングを組み合わせた設定ですが、この著者の非常にリアルでいて物語性があるという特徴がよく出ています。最初はハッキングを扱った小説ということで敬遠しようと思ったのですが、出だしとヒロインの設定をちらっと読んで、途端に興味がわきました。期待通り大変面白かったのですが、それはやはりヒロインに依るところが大きいと思います。実際に仕事に打ち込みその結果として、常にもう一つの道があるという信念に達したことも著者自身の経験から得たものではないかと思われます。
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「小説ヘッジファンド」
幸田真音 著、講談社文庫、1999、514円
   
1995年に出版された単行本「ザ・ヘッジ回避」に加筆・改題して1999年に文庫化されたものです。著者のデビュー作であり、ディーリングに関する臨場感は並々ならぬものがあり、まさに著者が経験してきたものでしょう。日本の金融を取り巻く状況やディーリングの現場で凌ぎを削るプロフェッショナル達を若手ディーラーの成長を通して見ることで、見事に描いています。そしてあまりに鮮やかなヒロインは著者の憧れの的あるいは理想像のように思われます。
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「凛冽の宙」
幸田真音 著、小学館、2002、1800円
   
著者は国際金融市場で仕事をしていた女性で年齢的にも私に近いので、その親近感と日本の金融情勢への興味から手にしました。この作者の作品を読むのは初めてですが、もうすでに何冊か出版されているようです。物語は人間的に全く対照的な男二人とどちらとも関係のある女性を中心に、日本の銀行の不良債権問題に絡めて進められていきますが、作者の興味はそれぞれの人間の生き方にあるようで、その対比を際だたせる形で展開していきます。男の描き方にやはり女性の目を感じますが、なかなか魅力的な男達を描いています。細部は非情に現実性を感じさせつつ全体としては大きな物語を作り上げている点がこの作品の魅力だと思います。
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「非情銀行」
江上 剛 著、新潮社、2002、1700円
   
現役銀行員が書いた小説と言うことに惹かれて買いましたが、大変面白く一気に読んでしまいました。読んでいるときにもこれはどこの銀行のことを言っているのだろうかとふと考えてしまったり、現実の動きと照らし合わせながら思わず想像してしまいました。また、主人公の年代と私の年代がほぼ一緒なので、その点で非情に親近感を持ったことも引き込まれた要因だと思います。おそらく筆者もこの年代なのではないかと思われます。また、若手女性総合職やシステム屋を配して日の当たらない視点から銀行を捉えた点も小説として飽きさせない手法かとも思います。全編に筆者の銀行への思い入れが描かれていますが、そこがあえて言うと弱点でしょうか。銀行とそこの人々をもう一つ突き放した眼で見ることができない甘さを感じてしまいますが、それがまた一つの味わいとなっているのかもしれません。
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「ロートレック荘事件」
筒井康隆 著、新潮文庫、1998/1995、438円
   
こんなトリックは初めて。言葉、文章にこだわる筒井康隆だからできたことだろう。そうした面で「敵」に通じるところがある。
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「富豪刑事」
筒井康隆 著、新潮文庫、1998/1984、438円
   
推理小説ということになっているが、これを戯曲にして舞台にかけたらすこぶるおもしろい舞台になると思う。
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「時をかける少女」
筒井康隆 著、新潮文庫、1999/1981、400円
   
少年少女向けSF。
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「エディプスの恋人」
筒井康隆 著、新潮文庫、1999/1981、400円
   
「七瀬シリーズ」第三作。
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「七瀬ふたたび」
筒井康隆 著、新潮文庫、2000/1978、400円
   
「七瀬シリーズ」第二作。第一作とはかなり異なり、SFが全面に出ている。
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「最後の伝令」
筒井康隆 著、新潮文庫、1999/1996、438円
   
解説に「死の匂いが濃厚にたちこめる短編集」とあるが、まさにその通りであるが、死のとらえ方がまた筒井康隆流である。「十五歳までの名詞による自叙伝」はすごい。思わず自分もと思っても何も覚えていない。
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「家族場面」
筒井康隆 著、新潮文庫、1997、362円
   
これまた筒井康隆ワールド。
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「夜のコント冬のコント」
筒井康隆 著、新潮文庫、1998/1994、476円
まさに筒井康隆の世界。
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「家族八景」
筒井康隆 著、新潮文庫、1999/1987/1975、400円
「七瀬シリーズ」第一作。新鮮です。
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「薬菜飯店」
筒井康隆 著、新潮文庫、1997/1992、400円
短編集ですが、表題作はまことに痛快で愉快な小説です。また、生憎「サラダ記念日」は手元に持っていないので、「カラダ記念日」を対比しながら読むことはできませんでした。しかしこの作者の言葉に対する執着を全作品を通して感じられます。
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「敵」
筒井康隆 著、新潮文庫、2000、514円
こんな小説は初めてです。非常に細かい現実の描写をしながらいつの間にか現実から離れていく怖さがたまらない魅力です。また、読点を除いた文体が実に巧妙である。
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「共生虫」
村上 龍 著、講談社、1999、1,500円
読もう読もうと思いつつ「引きこもり」という言葉から連想される陳腐な成り行きを想像してしまって、今まで手を出しませんでした。しかしながら、この「引きこもり」という言葉に引きずられない期待通りの作品であり、作者の小説家としての想像力に改めて感心した。この作品には作者の作品群に共通の破壊と生がテーマとして底流をなしているが、もう一つ「コミュニケーション」が重要なテーマとなっているように思う。あるいは仮象と実体が織りなすネット(網)の中でのコミュニケーションとも言えるかもしれない。ネット上の人物たちが最後には漢字で姓名を明らかにされることで実体を露わにするのに反して、主人公は最後まで「ウエハラヒロシ」とカタカナのままであることが実体としての存在を隠蔽し続ける仕掛けとなっている。
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「暗殺者」
中野孝次 著、岩波書店、1999、上下各1,700円
具体的対象として描いているのは、昭和7年に前蔵相井上準之介を暗殺した若者がいかにして暗殺者になっていったかであるが、その個人に目を向けた途端、時代が個人の思想、行為を如何に規制しているものか、悲しいくらいにいかに人の行いが時代に包含されたものであるか、その時代に個人が如何にその時代そのものを鋭く認識することができるのか、そうした個人の行為の積み重ねがまた時代を作っていくという現実をどうとらえていくのか、どう対処していけるのか、様々な問いかけをしている小説です。大正末期から昭和初年という現在とは全く社会情勢の異なる時代を描きながらもそうした普遍的な問題を扱っているが故に、時代背景が現在に重なって見えてくる。また、宗教的信条と政治意識が結びついたところにある危険性、大きなものに自分を預けてしまう思考停止の安堵感と危険性、そしてもっとも深刻で困難なのは自らの不満の対象である社会は誰のせいでもなく自らが救おうとしている民衆そのものが選択し作り上げているものに他ならないという現実であろう。これは現在もなんら変わっていない。
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「インザ・ミソスープ」
村上 龍 著、幻冬舎文庫、1998、533円
97年に読売新聞に連載された作品ですが、ちょうど神戸の事件のあった年で作者もあとがきで述べているように、その現実との戦いの中で執筆されたようです。また、「どれだけ小説を書いても、日本的な共同体の崩壊という現実に追いつかない」と書いているように、この作品は日本社会のあり様を強く意識して書かれていて、作者の問題意識が強すぎるせいかあるいはあまりに今日的な問題でありすぎるせいなのか、若干説明的になってる部分が見られるのは残念である。作者が他のところでもよく述べている「日本人のの持つ寂しさ」も一つのキーワードとなっている。いずれにしても主人公の若者とその女子高生の彼女に作者の希望が反映されているようである。
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「深い河」
遠藤周作 著、講談社文庫、1996/1998、563円
著者が70歳の時に刊行された作品です。数多くの著作の中で恐らく著者の核心に存在するであろう諸々の問題、すなわち日本人にとってのキリストおよび神の問題、人の転生の問題、人間性の問題、世代間の溝、人と人との理解の問題、生きることの意味、等々、に対して著者の素直な気持ちが表されている作品だと感じました。多分10年後位に再読すればまた違ったものが得られるだろうと思いますが、今の私に最も鋭く問いかけたことは「人生と生活は違う」という世界あるいは生き方の有り様です。
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「ループ」
鈴木光司 著、角川書店、1998、1600円
「リング」「らせん」と続いた一連の作品の完結編です。この「ループ」でようやく全貌が明らかになるのですが、作者も後書きに書いているように最初から全てを見通した展望やアイディアがあった訳ではないようです。私は最近立て続けにこれら3作品を読んだので、相互の関係は明らかに見ることができるのですが、それぞれの作品は別個の独立したものではあるにしても、やはり全てを読んだ方がより広い世界を見られるように思います。ただ、最初の「リング」とこの「ループ」では小説としての内容がかなり異なると思います。「リング」を読んだ時には所謂エンターテイメント的なものを強く感じましたが、この「ループ」ではあまりそうした感じはありませんでした。それは親子の関係に重点が置かれていることと関係しているかもしれません。ただ、この「ループ」のようなアイディアや主題であれば、さらに深味のある作品にできるのではないかという思いが残りました。
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「江戸鬼灯 えどほうずき」
高橋義夫 著、廣済堂文庫、1998、543円
文化、文政、天保期に活躍した戯作者、柳亭種彦が主人公の物語で、時期的には種彦が種彦として世に出るところから、戯作界の大立者になるまでの間を描いています。こうした江戸物の小説では登場人物の生き様と端々に描かれる江戸情緒が魅力なのですが、この作品も十分にそれらが堪能できます。登場人物は種彦を取り巻く人々で極く限られてくるのですが、やはり一人一人の個性、生き様にはそれぞれに対する思い入れを抱くことができます。主人公は歴史上の人物なのですが、所謂伝記というものではなく、一人の人間の日常を繋いでいくことで、巧みに江戸後期の有り様を描いています。そして、解説でも「江戸時代後半の文学を理解するには、何を措いてもまずこの無為徒然の日常を感じ取らなければならない。」と指摘しているように、「起きるのはよいとして、しかし、今日もすることがない」というのは、やはり羨ましい。
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「幕末」
司馬遼太郎 著、文春文庫、1977/1997、552円
万延元年の桜田門外の変を皮切りに12編の暗殺を描いた連作短編集です。著者も語っているように暗殺の政治背景や思想を描くよりも、人間と事件を中心に据えています。全編に亘って幕末の人間達の生き様が活写されています。特に印象深いのは「死んでも死なぬ」での伊藤俊輔(後の博文)と井上聞多(後の馨)の軽妙な人物描写、「最後の攘夷志士」での時勢と歴史に裏切られた人間の死に様です。
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「不夜城」
馳 星周 著、角川書店、1996/1997、1500円
生身の人間同士がぶつかり合う実に血生臭い小説ですが、その中に人間が生きることの本質が仄見えるように感じます。登場する人物が皆醜悪な怪物のような人間達のように見えるのですが、冷静に振り返って見ると現実にもこうした人達は存在するだろうし、自分の中にも共通点があるように感じさせる、実に存在感のある存在として描かれています。後半は一気に読み通してしまいましたが、展開のスピード感も魅力の一つです。登場人物がほとんど中国系の人物で、読みがながその都度ふられている訳ではないので、振り仮名を付けた人名のメモを作りながら読みました。中国読みの名前で読んでいくことで一人一人がより確かに捉えられるような気がしたのです。
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「橋ものがたり」
藤沢周平 著、新潮文庫、1983/1997、480円
この本は江戸を舞台とした橋にまつわる10の物語を集めた短編集です。内容は全て所謂人情もので、本当にしっとりとした気持ちにさせてくれます。私の勤務先が永代橋の近くにあり、数年前は仕事の関係上毎日のように永代橋を行き来していたものですから、この小説集を読んでいると、現代と江戸時代とを行き来するような、タイムスリップ的な感覚にとらわれながら鑑賞することができました。また、広重の「名所江戸百景」等を見ると一層当時の情景が浮かんできて、江戸の世界に没入できます。短編集なのですが、読み進んで行くうちにそれぞれが独立した作品というよりも、それぞれの物語が同時並行的に進行していて、登場人物達がまさに皆同じ時間に生きているように感じられてきます。彼らの人生はつぶさに見れば決して生易しいものではないのですが、純粋で力強い生き様を見ることができます。
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「カンガルー・ノート」
安部公房 著、新潮文庫、1995/1996、400円
安部公房の作品を最後に読んだのはもう10数年あるいは20年数年前です。一時集中的に読んだ時期があったのですが、それ以来全く読んでいませんでした。この作品は1991年に刊行されたもので、ドナルド・キーン氏の解説によれば著者自身が私小説と呼んでいたようですが、正にその通りなのでしょう。読むにつれて夢と現実、生と死の境界の不思議な世界に入り込んだように感じられます。そして、だんだんとその世界が身近に感じられ、より現実味を帯びてくるに従って「オタスケ オタスケ オタスケヨ オネガイダカラ タスケテヨ」の節回しがバックグラウンド・ミュージックのように染み込んでくるのです。まさに安部公房の作品らしく、読んだ後にも単なる印象というよりも、もっと身体的な感触が残る作品です。
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「五分後の世界」
村上  龍 著、幻冬舎文庫、1997、533円
1994年に発表された作品で、以前読んだ「ヒュウガ・ウイルス 五分後の世界U」の前に書かれた小説ですが、私は読む順番が逆になってしまいました。したがって、この作品自体が持つインパクトはやや薄れたかもしれませんが、逆にこの作品に対して冷静に対峙することができたのかもしれません。著者の一種の危機感から生まれたものだと思いますが、人間の有り様、自分の生き方を問い掛けられる小説です。また、このラスト・シーンは深く印象に残るもので、この小説の意味が著者にとっては現在進行形なのでしょう。 著者が文藝春秋9月号(1997)に「寂しい国の殺人」と題して神戸の少年による殺人事件について書いていますが、この小説に通じる著者の危機感が表明されています。
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「グッド・バイ」
太宰  治 著、新潮文庫、1972/1996、480円
この本には昭和20年から昭和23年彼の死までの3年間にわたる16編の作品が収められている。これまで太宰の作品はほとんど読んだことがなく、随分前に「晩年」を途中まで読んだような記憶があるくらいです。改めて読んでみるとさすがにその感受性にはまいってしまいます。私のような常識人にはこれほど鋭い感受性を露わにすることはできませんし、読むのがつらくなってしまいます。また、これらの作品から今日でも変わらぬ日本の姿や、終戦直後の時代の開放感、エネルギーを感じることができます。
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「我が心は石にあらず」
高橋和巳 著、河出文庫、1996、1100円
この作品は1931年に生まれ1971年に亡くなった作者の代表作とされている作品であり、1967年に刊行されたものです。確か私が作者の名を知ったのは彼が亡くなる前後のことだったと思います。この作品を読んだという記憶はあるのですが、内容についての感慨は何も残っていません。途中で挫折したような気がします。改めて読んでみるとまさに息の詰まるような小説です。無駄や遊びがない理詰めの文体で、よくここまで精緻に組み上げられるものだと感心してしまいます。がっちりと組み立てた建築物のようです。読んでいる時にもこうした堅固な精神力を持った作者を意識せざるを得ませんし、随分細かい事まで書き込むことによって主人公の精神を表現しようとしているのかもしれません。この小説を一気に読み進む気力が続かず途中で別の本に手を出したりしていたので読了まで随分時間がかかってしまいました。しかしいたる所に胸を突くような言葉が溢れている作品です。
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「火垂るの墓」
野坂昭如 著、新潮文庫、1972/92、360円
作家としての野坂昭如氏を知らずに来ましたが、同名のアニメを切っ掛けに是非読みたいと思っていました。ただ、そのアニメは見ていませんが。そのアニメからとられた文庫の装丁の絵がきれいすぎるように思えます。ただ、作者の基本的な感性や生き方が感じられるような作品です。やはり戦争というのは想像を超えた体験なのだろうと思いますが、また人類にとって普遍的なテーマなのだと思います。
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「生きている心臓」
加賀乙彦 著、講談社文庫、1994、(上/下)各540円
加賀乙彦は好きな作家の一人です。この作品は臓器移植がテーマになっており、所謂「脳死」の問題を扱っています。ただ、この作家らしく真摯にこの問題を捉えており、「脳死」の是非を読む者に問い詰めるものではなく、様々な人の心理、感情、思想を表出させています。特に信仰を持たない私には「祈り」というものの意味を少し分からせてくれたように思います。
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「ヒュウガ・ウイルス  五分後の世界U」
村上  龍 著、幻冬舎、1996、1500円
元気がでます。こういう小説を読むと村上龍が好きになります。「コインロッカーズ・ベイビーズ」も良かった。
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