リスクアナリシス

 食品の安全管理のための手法として、最近リスクアナリシスという言葉をよくききます。日本語に置き換えれば「危険分析」とでもいうのでしょうか。これは食品に限らずいろいろな分野で使われているようです。食品の国際規格会議・コーデックス委員会でのガイドライン作りにもこの手法がとられているそうです。

 今問題になっている鳥インフルエンザでも、やはりというかここでも『食』の危機に対するずさんな対応がありました。高速増殖炉『もんじゅ』の事故やBSEの場合でもそうでしたが、目の前で起こっている危機が「自分のところだけはそんなことが起こるはずはない」とか「このことが世間に知れたらどうしよう」などといういわばその場逃れの浅はかで愚かしい人間の性(さが)のおかげで、取り返しのつかない危機へと発展してしまうわけです。

 この『リスクアナリシス』という手法は、そうしたことにならないためのマニュアルともいえます。危険を避けるため、あらかじめそれを予測することで対処しようという考え方(予防原則)に基づいています。

リスクアナリシスは次の3つの要素からなっています。
リスクアセスメント:危険の評価・査定
リスクマネジメント:危険に対する処理・取り扱い
リスクコミュニケーション:危険についての意見交換

 リスクアナリシスの手法は実際はそれぞれの要素で何段階にも別れているようですが、それはさておき、たとえば今回の鳥インフルエンザにあてはめてみます。

リスクアセスメント
 鳥インフルエンザについて、それがどういった症状でどういう経路で感染するのかという基本的な知識がまず必要でしょう。その上で鶏舎でどういうことが起こったときに『危険』と判断するのか、という基準がなくてはいけない。

リスクマネジメント
 その上でとらなければならない行動とは、というのがリスクマネジメントにあたるわけです。要するに行政当局への通報がその第一に挙げられるでしょう。それに応じて行政側は鶏や卵の移送禁止やウイルス検査、鶏舎の消毒、鶏の処分などの措置をとることになるわけです。

リスクコミュニケーション
 こういったリスクが発生する以前に、養鶏業者、消費者、行政、科学者、流通関係者などが充分な意見交換を行っておく必要があります。鳥インフルエンザについての基礎知識、その何が危険なのか、感染するとしたらどういう経路が考えられるか、またどういう点については危険ではないのかなどの情報交換がされていなければならない。さもないと風評さわぎによって、本来関連しない人たちにも迷惑がかかってしまうという事態にもなりかねないわけです。しかも決定的な経済被害というかたちで。

 今回の鳥インフルエンザ事件では、養鶏業者の責任が取り沙汰されているようです。実際その無責任さが事態を大きく発展させかねない状況を作り出している。昨年の冬にオランダ、ベルギーを中心に起こった鳥インフルエンザは、予測を上回るスピードで広い範囲に感染していったといわれています。その事実を考えると、今回の日本でも同様のことが起こっても不思議がないわけです。

 では京都での一件は『リスクアナリシス』によっていれば、起こらなかったといえるのでしょうか。この手法がいかに綿密に行われるかどうかという程度の問題なのでしょうか。いうならば、どんなに完璧なシステムがあろうと、マニュアルがあろうと、一番大切な『モラル』『責任感』というものがなければ『危機・危険』に対する『発動』はそのぶんだけ遅れてしまうわけです。

 もうここまで話しが進めば答えは明らかでしょう。『食』における安全の確保は、それに係るあらゆる分野の人たちの信頼関係に基づいた『提携』がなくてはいけない。その関係の中では生産者、消費者、流通、行政、科学者といった人たちのうち、誰が抜けてもいけない。安全な食のための自分たちだけの流通を持っていればそれでいい、とか、自分たちだけが安全な食を享受していればいいという考えだけではいけない。

 食と農、環境の危機が国際化する中、問題の解決には私たちがもう一歩踏み出す必要があるように思います。