1991夏 GB250クラブマンと共に
7/30
北関東のこの地から、オドメーター、12556キロからスタート。GB250のコンテンツでも話した
通り、セルの故障を直前になって直した大馬鹿者が、新潟の港へ向けて出発。
タンクバックと、リアシートに絡げた大きな旅行カバン、その上には寝袋と
銀ロールをまとめてストレッチコードで縛り上げ、関越を爆走。
最寄の出口直近のSAにて、相模ナンバーのVT250に出会う。これが山ちゃんとの
最初の出会い。縁は異なもの乙なもの。
昼前に港近くで給油。
オド:12814 総走行:258キロ 単走行:258キロ 燃費:33キロ/L
7/31
実質、初めての船旅。友人のアドバイスに従って、二等船室から一つ上の二等寝台をチョイスした
おかげで、例えて云えば、カプセルホテル並みの空間ではあるが、それなりの
個空間を得られる。しかし、興奮のあまり、寝つきは悪く、早朝の下船を待てずに
早々と覚醒する。
早朝、港に着いたときの高揚感は今でも忘れられない。二輪は、乗船時は最初だが、下船時は自動的
に最後になる。いずれにしても大型貨物が最も乗船時間が短くなるように設定されている。
しかし、船内アナウンスは全部同時だから、辺りの二輪乗りはそわそわして落ち着かない。
中には、あと30分以上あるのに、ヘルメットを被り、グローブまで嵌めてる気の早い御仁も見受けられる。
ハッチがそのままタラップになっているフェリーの、些か錆びた縞鋼板を、少々排ガス臭い中、駆け下りると、
そこはもう北海道。潮の匂いに咽びながら、地図を確認。
まずは高校時代の友人の下宿先、旭川へ。王道の12号は敢えてパスして、275号を中心に移動。
記念すべき北海道初夜は、実は彼のアパートで布団で寝た。結構、笑っちゃうかも。
翌日も、名古屋の友人と待ち合わせの都合で、連泊。
オド:12956 総走行:400キロ 単走行:142キロ
8/1
走行せず。エンジンオイル交換をする。セル交換をした故の必須事項。
8/2
記念すべき、実質的な初日。
旭川から、一路北を目指す。だが、初日は道道909号、通称日本海オロロンルートにて終了。
旭川、士別、朱鞠内、苫前、羽幌、初山台と経由。キャンプ初夜は、日本海に面した
夕日の美しいキャンプ場。到着は16:38分。後で聞くと、一段下のより海岸に近いところに温泉

があったのだという。
悔しいので、後にリベンジするのだが。
夕餉は、たまたま隣にいたキャンパーの差し入れも頂き、初日から充実。
ありがたき幸せ。
オド:13182キロ 総走行:626キロ 単走行:190.2キロ。(給油:600.6キロ時 燃費 34キロ/L)
8/3
朝食を取った記憶がない。

何故か宗谷岬ではなくノサップ岬を目指すヘソ曲がりな僕ら。岬にある極の博物館を見学。
その後、近くにある非常に汚い(失礼!)な食堂で三色丼を頂く。生うに、イカ、いくら(だったかな?)
で極めてうまい。或いは先に食堂に入ったのかもしれない。2000円位だった記憶が。定かでないが。
宗谷岬を左手に眺めつつ、見える海は最早オホーツク海。
最果ての寂寥感が昨日から引き続き襲う。

本日の宿泊は猿払村の国道沿いにあるキャンプ場の謎のログハウス。
別の関西ライダー二人組とも同宿。
ハウスのすぐ其処がオホーツク。夏の内地のキャンプではない、ということを
強烈に痛感。隙間風が寒い!と感じる夏のキャンプ....。嫌が応にも北海道を意識させられる。
夜は即席カレーのみ。折角買ったコールマンのストーブ。海風で速攻錆びる。トホホ。
オド:13508キロ 総走行:952キロ 単走行:326キロ
8/4
カップではない即席ラーメンを煮て、腹に収めれば、そそくさと出発。
引き続き、オホーツク沿いを爆走。

昨日、同宿だった関西ライダー二人とクッチャロ湖付近で記念撮影。
その後給油。ひたすら寒い。休憩時に飲むのはホットの缶コーヒー。
自販で普通に売っているのも凄いが、皮ジャンが全く脱げない8月、というのも如何かと思いながらも、紋別に到着。

ここで、偶然と呼ぶには余りにも奇遇な山ちゃんらとの再会。
紋別市内にて、カニめしを食し、今晩は、宿を共にして宴会を催すことになる。
写真は多分、網走湖キャンプ場へ向う途中の小休止だろう。
多分、湧別付近ではないかと。

その後、網走市内で買出しして、湖畔にて豪勢な宴会を催す。
オド:13809キロ 総走行:1291キロ 単走行:1291キロ
8/5
朝食は昨日の鍋の出汁を生かした雑炊。

記念撮影の後、走り出す。
間もなく給油。道内、至るトコにあるホクレン。
まずは網走湖を離れ、網走駅で昼食。その後、斜里、宇登呂、知床横断道路と走る。

オシンコシンの滝を眺めて、羅臼へ。
民宿まるみ泊。
夕餉が素晴らしい。たらばかに一杯、が一人分。さらに、トド肉やら
なんやらの滅多に内地では食すことのできない食材を料理して頂き、多謝。
久々に脚をのばして、ゆっくりと風呂に浸かり、旅の疲れを癒す。
布団に入れば泥のように眠りこける。
オド:13936.8キロ 総走行:1434.2キロ 単走行:127キロ
8/6
平和な朝食を有難く頂き、車上のヒトへ。
暫く海沿いを走り、標津から、車道の両脇が海と湖、という細長い半島、野付へと
舵を取る。昼食もそこで。かにめしが1200円だったような。
些か記憶が定かでないが、途中の中標津あたりのホムセンだったかな?で、二度目のオイル交換。
(14048.3キロ時)その後多和平に向け出発。
夕方、素晴らしい眺望があるという現地に着くも、生憎の曇天。
初山別にて購入した残りの玉葱を投入した即席カレーの夕餉。
前日とは打って変わった質素な旅に逆戻り。
走行不明。
8/7
案外期待外れだった多和平から、弟子屈へと向う。途中、給油 (14142.9キロ)
延べ1640.3キロ走破。(燃費317.7キロ/9.34L=34キロ/L)
朝食も弟子屈で親子丼を食したのだったかな?
多分、弟子屈、裏摩周、阿寒湖、釧路、池田、帯広と走ったのではなかろうか?
途中、釧路市内の手芸やさんにて、黒のリボンを購入。
云うまでもなく、かの御大、本田宗一郎氏の逝去の報に接し、喪に服するため。
ホクレンでもらった黄色の旗に絡げた喪章。頭を垂れて、冥福を祈る。
その隣の食堂では、ちらし寿司とラーメン、というけったいな昼食をとる。
今晩の宿は、帯広市内、ルート38カニの家。
自転車やさんの二階のライダーズハウス。。カーカーを着けたV-MAXのライダーがマフラーのみ
磨いていたのが印象的。メッキがよくないアメリカ製だ、と言っていたような。
多分、ここで小豆鎖と南京錠を組み合わせた手製の
鍵を置き忘れたような気がする。
夕餉は、隣の食堂で。チャーハンとかそんなのではなかったかな?
オド:14358キロ 総走行:1855.4キロ 単走行:215.1キロ
8/8
すし詰めだったかにの家から旭川へ向け出発。コンビニご飯の朝食を摂って、
狩勝峠を抜け、富良野へ。市内で給油。
(14420キロ時。総走行1917.4キロ、349キロ/9.7L=36キロ/L!)
途中、238号沿いのドライブインで焼肉丼の昼食。
旭川まではすぐに到着。友人のアパートに再び厄介になり、
名古屋の友人との別離。彼は明日から、船上のヒトとなって、再びせわしない日常へと
戻るのだ。
スパゲティと缶詰、ツナ缶のやはり質素な夕食で暫しの別れにむせび泣く(嘘)
オド:14566キロ 総走行:2063.4キロ 単走行:146キロ
8/9
友人を見送り、今日は旭川に連泊して、デイツーリングを楽しむ。
朝昼兼用のスパゲティを摂った後、美瑛の丘や、富良野を走って散策をする。
再び旭川のアパートに戻る。なんだか、現地のヒトのような気分だ。
オド:14784キロ 総走行:2281.4キロ 単走行:218キロ
8/10
旭川を脱出。残念ながら、この旅路も既に帰宅方向に舵取りが為されている。
朝食は、昨夜の残りのマトンと、食い尽くすことを余儀なくされたスパゲティ。
国道12号を南下。神居コタンから深川。その先、ホクレンの稲田で給油
(14818キロ時 トリップ326.4キロ)
滝川から空知大橋を渡ると、日本一長い直線がある国道、の謳い文句どおり、
遥か遠くまで続く直線道路。但し、交通量が多く、眺望はよくない。交通量も
多く、北海道の大動脈であることを意識する。
美唄、岩見沢、江別、と12号を走り、道道274から広島経由で恵庭に向う。
36号線から千歳の市内の逆方向に向かい、さけますふ化場を右手に見つつ、
支笏湖の樽前荘を目指す。
夕餉はオムレツ丼、って、自作か、コンビニか不明。
オド:約15000キロ 総走行:約2497.4キロ 単走行:約216キロ
8/11
樽前荘を出発。ここで、トラブルが...。荷物を積み込み、ストレッチコードで
縛り上げていると、突然、フックからそれが外れ、ボクの眼鏡を直撃。
セロファンテープを借りて、応急処置を施すも、視野は明らかに豹変。
幸い、免許の条件に眼鏡は謳っていなかったので、レンズを外しての片肺走行。
沈痛な面持ちで走行。途中の山の中に忽然と現れる食料品店でパンを食し朝食。
大滝、留寿都、真狩、ニセコ、と経由して5号線へでたのか?
途中のドライブインで昼食。海沿いの大きな店だった。
あまり特徴のない天丼を食し、函館へ。
とにかく、この辺は景色に変化がなく、また、道東に比べ、気温が高い。
また、交通量が多く、あまり快適ではなかった。
或いは、旅路の終わりを突きつけられて、塞ぎ込んでいたのかもしれない。
函館市内で給油後、ライダーズハウスへ。
夜、同宿のライダーらと函館山へ。シーズン中の自家用機関の登頂は禁じられていて、
確か、路面電車とバスを乗り継いで登った覚えがある。
ロープウエイで登り詰めると、息を飲むような美しさに暫し絶句。
それと対照的に即席カレーの夕食は侘しい。
オド:約15250キロ 総走行:約2747.4キロ 単走行:約250キロ
8/12〜13日
今日は、お昼頃の青函フェリーで本州へと渡る日。
長かった北の大地とも今日で暫しのお別れ。
朝から即席麺を食し、乗船に備える。
港で、もっちゃんと再会し、12:00丁度に出港。船内でパンを食べ、青森に着けば夕方。
ここから600キロ以上に及ぶ高速道路の旅が待っている。
上陸後に手近なレストランでラーメンを喫し、長丁場に備える。
ここで、お手拭でヘルメットのシールドを磨くと、お客様、雑巾ではないです...と
店員に諭される。
21時頃、仙台に接近。もっちゃんは、友人の下宿に立ち寄るため、ここで高速を降りる。
ボクは、眠いのをこらえながら、うとうとしつつ、のんびり休憩しながら走行。
途中、菅生で給油。約15650キロ時。この時点で充分に陽が登っている。
その後、更に自宅まで更に250キロあまりを走り、
無事到着。
案外呆気なくボクの北海道初体験は幕を閉じた。
オド:約15850キロ 総走行:約3400キロ 単走行:約650キロ
1992北海道GB400編へ
GB250クラブマンへ戻る
空冷シングルへ戻る