石 川 の 名 水 め ぐ り

 富山の名水めぐりが大好評(ほんまかいな^^;)なので、調子にのって今度はお隣り石川の名水めぐりです。 富山が霊峰・立山の雪解け水なら、石川は霊峰・白山の雪解け水。 環境庁選定の「名水百選」に富山が四か所なら、石川は三か所が選ばれています。 うーむ、北陸は「名水の王国」だぁ〜(*^.^*)エヘッ。

 このサイトでは、私が実際に現地を訪問した名水(飲用水だけに限らず、 優れた水環境及び故事来歴を有するもの等も含めて)を紹介していきたいと思っています。 なお、飲用水の味の評価ですが、美味しさの感じ方には個人差があり、その時の気象条件、体調、精神状態、水温等に 大きく影響されるので、今回はしません(客観的評価の自信がありません^^;)

 caution生水の飲用については、自分の責任で行ってくださいませ。

2008年8月19日更新mei01


石 川 名 水 マ ッ プ

名水位置or名称クリックで解説文&写真

曽々木の宮水 稲屋の水 神道清水 高内畠地蔵堂霊水 古和秀水 樋の水 藤瀬の霊水 お産の井戸 御手洗池 弘法の水 十却坊の霊水 目洗い不動尊 押しのいずみ 滝の谷霊水 しょうず 馬坂不動の水 笠舞の大清水 すいはの水 シロコダの水 浜清水 仏大寺の霊水堂 弘法池の水 女生水 桂清水 医王寺の甘露水 水上の水
【能登方面】
曽々木の宮水
稲屋の水
神道清水
高内畠地蔵堂霊水
古和秀水
樋の水
藤瀬の霊水
お産の井戸
御手洗池
弘法の水
十却坊の霊水
目洗い不動尊
押しのいずみ

【河北郡方面】
滝の谷霊水
しょうず

【金沢市内】
馬坂不動の水
笠舞の大清水

【加賀方面】
すいはの水
シロコダの水
浜清水
仏大寺の霊水堂
弘法池の水
女生水
桂清水
医王寺の甘露水
水上の水


いしかわの名水○○選、名水百選(環境庁選定)

mizu・・・採水可
caution生水の飲用については、自分の責任で行ってくださいませ。 名水の衛生管理については、 「とやまの名水」の衛生管理ページを参考にしてくださいませ。


※写真クリックで大きい写真です。このページへは、ブラウザの[戻る]ボタンで戻ってください。
  動画を見るときは、Windows Media Player 9 以上(無料) が必要です。

曽々木の宮水 mizu曽々木の宮水(そそぎのみやみず) 2002年11月訪問

 国道249号線沿い、曽々木の集落にある春日神社の横に湧き出ています。バス停「曽々木口」から徒歩約10分です。湧水の近所に住んで おいでる堀井さんにお話を伺いました。裏の霊山岩倉山にしみこんだ地下水が湧き出たもので岩倉清水とも呼ばれ、水の権威 故戸田正三博士(初代金沢大学学長)が世界の三指に入る名水と賞賛されたそうです。@夏は冷たく冬は温かい A日照りが続いても枯れたことがないBどれだけ飲んでも腹をこわさないCうまい味があるD腐らないそうです。 昔は各自が生活用水としてここへ汲みに来ていたが、今は集落で共同で上部にタンクを設置して各々の家まで配水して使用 してるそうです。数年前に村の簡易水道が設置されたが、この水があるので、水道を使う人は少ないそうです。水商売の 私としては、ちょっと複雑な気持ち( ;^^)ヘ..。愛称は「天寿名水」と呼ばれ、輪島、珠洲からもたくさんの人が水を汲みにおいでるそうです。

 石川県輪島市町野町曽々木(春日神社横)


曽々木の宮水2

 50mほど離れたところにも湧き出ています。



稲屋の水 mizu稲屋の水(とうやのみず) 2002年11月訪問

 国道249号線沿いにあります。バス停「稲屋」から200mほど門前町方向に向かって左側です。汲みにきておいでた方にお話を伺いました。 古くは地元の人々の生活用水であったが、くせがなくまろやかということで地元の酒屋さんが冬の仕込み水に使用して酒を造ってるそうです。 タンクは酒屋さんが湧水している山の持ち主と話をして設置したものとか。なんかタンクの見栄えは悪いけど(笑)、 土日ともなるとたくさんの人が水を汲みにきておいでるそうです。

 石川県輪島市稲屋町



神道清水 mizu神道清水(じんどうしみず) 2002年11月訪問

 国道249号線沿いのバス停「柿生」から車で約5分です。山麓沿いの道路端のパイプから流れ出ています。昔から地元の人々の 飲み水として使われ、桶で各家庭に運ばれていたそうです。今も神道の集落で上の方にタンクを設置して、各々の家庭で使われているとか。 どんな日照りの夏でも枯れたことがなく、住民の貴重な生活用水となっています。また、お茶やコーヒーにと遠方からも汲みにおいでるそうです。

 石川県鳳珠郡能登町(能都町)柿生



高内畠地蔵堂霊水 高内畠地蔵堂霊水(こうないばたじぞうどうれいすい) 2002年11月訪問

 国道249号線沿いのバス停「高内畠」から徒歩約3分です。巨X忠建設資材置き場の裏にあります。昭和63年7月付けの高内畠地蔵堂霊水の 由来が掲示されていました。
 『今から約400年前、上杉謙信に攻め入られ寺院を焼き払われた住職の一人が、高野山に登り一体の石地蔵を持ち帰り、この地にお堂を建て安置した。 ある夜、住職の夢枕に「この地に井戸を掘り地蔵にかける水とし、また病に苦しむ人も助けよ」とお告げがあり、さっそく井戸を掘った。 それ以来この水は眼病や皮膚病、胃腸病にも効くということで、水をいただく信心の人々が後を絶たないという』
 ふたを取るとコオロギみたいな虫がいっぱい。ちょっと飲む気にはなれませんね(笑)。

 石川県鳳珠郡能登町(能都町)本木高内畠



古和秀水 mizu古和秀水(こわしゅうど) 2001年2月訪問 《環境庁名水百選》

 国道249号線沿い曹洞宗の大本山・総持寺の入り口から4.7q、総持寺の裏山にある湧水です。 曹洞宗大本山総持寺祖院によって700年にわたって守り続けられている霊水です。 能登志徴には「総持寺の開祖螢山禅師が龍神より寄進を受けた」と記され、能登誌には 「螢山禅師が茶会にこの霊水を使った」と記されています。 現在も総持寺はもとより、近郷の人々も仏前の水やお茶の水として愛用し、長寿延命の水とも いわれています。 古和秀水の名前の由来は「鬼屋に住む弥一の父が毎晩酔って帰ってくる。不思議に 思った弥一が父の後をつけたところ、畑仕事を終わった父が近くの湧水を飲むと 上機嫌になり酒に酔ったようになった。父が立ち去ってから弥一も飲んでみたが普通の 冷水だった」ということで『親は酒々、子は清水(しうど)』が語り継がれ、 後に古和秀水と漢字で書くようになったとか。

 石川県鳳珠郡門前町字鬼屋


古和秀水

 湧出量は多いです。珠洲市から車で一時間かけて汲みに来ておいでた方に聞くと、軟らかく優しい口当たりで、 三か月は腐らないとか。



樋の水 mizu樋の水 2001年2月訪問

 国道249号線沿い曹洞宗の大本山・総持寺の入り口にある湧水です。 汲みにきている人に話を聞くと、山の中の古和秀水が引かれてきてるのだとか。 元気な人は山の古和秀水、手軽に汲むにはこっちだとか。

 石川県鳳珠郡門前町


樋の水

 国道249号線沿い曹洞宗の大本山・総持寺の入り口にある「古和秀水」「樋の水」の案内看板です。



藤瀬の霊水 mizu藤瀬の霊水(ふじのせのれいすい) 2001年3月訪問 《環境省平成の名水百選》

 能登有料道路の横田インターを下りて、県道富来中島線沿いにある公園案内板から約1kmに藤瀬霊水公園があります。 乗用車300円、トラック600円、バイク100円の公園維持管理料が必要です。 一般入場可能時間は6:00〜20:00。ゲルマニウムが含まれ、京都の会社がペットボトル販売もしています。
 「病の治る水」として知られ、月光観音がお告げになった霊水です。 別名「月光観音夢枕の霊水」ともいわれています。 国の重要文化財ともなっている藤瀬の座主(ざす)家当主として知られる座主正盛さんは 十年来重度の神経痛に悩まされていたが、昭和54年4月28日の 深夜、枕元に月光観音があらわれ、「あなたの裏山の水を飲めば 治る。治ったら他の人にも勧めて下さい」とのお告げを受け、 それ以来、食前にこの水200ccほど飲み続けた ところ、茶碗を持てないほど不自由だった手や体 がもとに戻ったとか。このことが話題となり、「万病に効く霊水」としてテレビ等でも紹介され、 この水を汲みに県内はもとより県外からも大勢の人々が訪れています。 今でも、医者に見放された病気が治ったという話が絶えないそうです。

 石川県七尾市(中島町)字藤瀬 藤瀬霊水公園管理組合 0767-66-2500


藤瀬の霊水

 並ばなければ汲めません。龍の口から霊水が。一年は腐らないとか。



お産の井戸 mizuお産の井戸(おさんのいど) 2001年3月訪問

 国道249号線沿い機具岩近くに生神(うるかみ)神社があります。 生神(うるかみ)神社の境内を探し回ったが見つからず、近所の人に 尋ねると、なんと神殿の床下にある古い井戸です。 今から300年ほど前から、「生神の水」とも呼ばれている水です。
   案内板(富来町・富来町観光協会)に産神宮と安産井戸の由来が詳しく書かれています。 「祭神は豊玉姫命を祀る、産神宮又児安明神と称する。 ここに安産の井戸がある。社伝によると、夜々鎚の音がするので村民は 不思議でならなかった。 ある晩、海神のお告げがあった。吾は海神の子なり、 この地内に子を産まんと欲して来るなり、吾産屋を造り井戸を掘る、 吾産屋に臨まば汝等井戸の水を吾に浴せよ、 吾以後産婦を守らんと。翌朝村民が森の中に鵜の羽で葺かれた 祠と清水の涌く井戸の出現を発見した。以後この霊泉を、 お産の水・安産の水、として村民はもとより近郷近在の妊婦や家族の 参拝を得るところとなった。この水を飲めば安産確実である」(生神社伝の一部)

 石川県羽咋郡志賀町(富来町)生神


お産の井戸

 今も近在の妊婦が安産のために飲んでおいでるそうです。湧出量は少ないです。



御手洗池 mizu御手洗池(みたらしいけ) 2000年3月訪問 2004年2月再訪 《環境庁名水百選》

 動画(30秒)

 杉の大木に囲まれた湧水池です。標高179mの赤蔵山にあります。 赤蔵山は、古くから神仏が一緒に信仰されてきた歴史ある森です。 樹齢数百年にもなる大木が茂る静かな森の中の赤倉神社境内に、 日量600トンもの水がとうとうと湧き出る泉があります。 戦国時代に戦いに敗れた武将が馬で逃げる途中に道を踏み外し、馬もろともこの 底なしの池に落ちてしまい、その後、元旦の夜に赤い鞍が水面に浮き上がった ことから「アカクラ」という地名となったそうです。 また、赤倉のアカは梵語で「水」、クラは「無尽蔵にある」という 意味から、豊かな水が限りなく湧き出す森という意味から「アカクラ」となったという 説もあります。 国道249号線を和倉温泉から穴水方向へ、道路沿いにある田鶴浜建具センター横を 入って案内板前をすぐ右折。赤蔵山方向へ約2qです。

【田鶴浜町案内板】
 『この池は、聖武天皇の東宮(皇太子)の眼病ご治療に使われたと 言い伝えられている霊泉です。また、戦国時代、戦いに敗れた武将が 愛馬諸共入水した底なし池と言われ、元旦の未明に赤い鞍が浮き上がる ことから「赤蔵」の池名が生まれたと語り伝えられています。 うっそうとした巨木の下、幾多の歴史と伝説を秘めながら枯れることなく 湧き出る豊かな水は、赤蔵権現の御手洗池として四季折々の姿を 水面に漂わせながら訪れる人々の喉を潤し、安らぎを与えてくれます。 ここから流れ出る水は、「みなくち」と呼ばれる地点で三本の 水路となり、更に分岐して付近の台地一帯に飲料水とかんがい 用水に使用されてきました。 築堤年代や工法等は不明ですが、今もなお二十数ヘクタールの水田を 潤す「命の水」として「赤蔵山」と共に大切に保全管理されています。』

 石川県七尾市(田鶴浜町)字三引


御手洗池2

 真冬の撮影なのでちょっと殺風景ですが( ;^^)ヘ..。



弘法の水 mizu弘法の水(こうぼうのみず) 2000年3月訪問 2004年2月再訪

 動画(34秒)

 約1200年前、日照りが続いたときのこと、村人達は飲料水にもこと欠き悪疫が流行し 大変困っていた。そこへ訪れた汗にまみれ僧衣も破れた旅僧が、この泉を 掘ってくれた。村人達は、ほどなく旅僧が空海(弘法大師)だとわかり、御恩報謝のお堂を 建て、大師入定日の6月21日をお参りの日とし、「弘法様まつり」は現在も盛大に 続けられている。藩政時代末期、加賀中納言前田斉泰公が「きく水」と命名、 昭和初期にはこの水で酒屋が営まれていたとか。 国道249号線を和倉温泉から穴水方向へ、田鶴浜大津信号を左折して約400mです。

 石川県七尾市(田鶴浜町)字大津


弘法の水2

 ポンプアップしてるみたいですね。



十却坊の霊水 mizu十却坊の霊水(じゅっこうぼうの霊水) 2002年11月訪問

 能登有料道路の上棚矢駄インターから約25分です。「黄金山の観音霊水」と銘打った立派なカラーパンフレット (詳しい水質検査結果も掲載)によると、 『この地には中世の霊場-七堂伽藍を備えた大坊黄金山「十却坊」があったが、戦国の兵火ににあい焼失。 以後復興はされていないが、昭和62年、住職がお告げを受け、水かけ観音菩薩堂を建立。以来、猛暑でも 渇水することなく、また平成二年、更なるお告げで山腹を横堀りすると毎分300リットルもの水が噴出。 能登半島の中央は白山火山帯であり太古に海底が隆起して断層に亀裂が生じ、この現象により海水が 自然の圧力によって珪藻土や火成岩の活断層を逆浸透(標高167mを軟水となって毎分300リットル自噴)。 ミネラル成分が豊富でバランスよく、それに葉緑素まで含まれ、さらに自然流下した無雑菌で腐らない 清潔な飲料適合自然水です』とあります。
 昔から腐らない水、火傷、皮膚病に効能があると言い伝えられてきた霊水です。 冷たく、澄んだ水は、水質検査の結果、水を腐らす原因となる雑菌の混入がない 良質の水であることが証明され、お茶やコーヒーが美味しくなるとの評判も得てるとか。 私が行ったときもたくさんの人が来ておいでました。管理人さんにお聞きすると、 観音堂への私道やお堂の維持費として、1.5リットル10円、4リットル20円、10リットル35円、20リットル70円を頂いてるとか。 採水可能時間は7:00〜17:30です。夏の多い日には200人を超える人が訪れるとか。

 石川県鹿島郡中能登町(鳥屋町)字瀬戸伊助谷



目洗い不動尊 mizu目洗い不動尊(めあらいふどうそん)

 羽咋郡志雄町所司原の集落から山中へ5kmほど入った林道沿いにあります。 古くから眼病に効果がある水とされ、水が湧き出している上には目洗い不動尊が祀ってあります。 その下からちょろちょろと水が染みだしています。湧出量は少ないです。 『かっては能登と富山を結ぶ御上使往来(幕府の巡見使が通行した道)であったことから、 羽咋あたりへ目の治療に通ってた人が、道沿いにある泉で目を洗ったところ、たちどころに 病気が治った。そのお礼にと不動尊を安置した』と伝えられています。 なお、この水は、志雄町に数百年前から伝わる悲恋物語(町の娘「おみつ」と恋に落ちた修行僧の物語)をテーマとした「志乎みつさ祭り」に奉納され、伝説の祭りに彩りを添えているとか。 えらい山のなかで 案内板等もなく迷子状態に(^。^;)、最後は地元の方に先導して もらってなんとかたどり着いた私メです。おいらの根性に(^^)// ハクシュです(笑)。

 石川県羽咋郡志水町(志雄町)所司原



押しのいずみ mizu押しのいずみ

 「弘法の池」とも呼ばれ、押水町の町名の由来ともなっている伝説の湧水です。 「弘法大師がこの地を通った時、村に飲み水がないことを知り、錫杖で傍らの岩を 押したところ清水が湧き出した」という伝説からこのあたりを押水と呼ぶようになった と伝えられています。 国道471号線沿い(紺屋町)の案内板から約100m入ったところにあります。 湧出量が少ないので飲用には(・_・?)ハテ。

 石川県羽咋郡志水町(押水町)字紺屋町



滝の谷霊水 mizu滝の谷霊水(たきのたにれいすい)

 津幡町役場河合谷出張所へ電話でたずねました。 『滝の谷霊水と呼ばれるのは、かって国道とは反対側の斜面に竹滝と呼ばれる落差2mほどの 滝があったことに由来します。この滝には不思議な力があり、耳の不自由な人が 夢のお告げによって3日間この滝に頭を打たせたところ、よく聞こえるようになったそうです。 平成8年、国道改修工事で山を半分削り取ったところ、水脈が変わり、国道側に大量の 水が噴き出し、地域住民の皆さんがボランティアで水汲み場を整備し、管理も 行っておいでます。』  国道471号線沿い(上大田)に大きな案内板とともにあるのですぐわかります。 道路沿いで湧出量も豊富なので、毎日たくさんの方が汲みにきておいでます。

 石川県河北郡津幡町上大田



しょうず mizuしょうず

 津幡町のほぼ中央の清水地区は、どこを掘っても清い水が出るということから、そのまま地名の起こりになったとか。 「この泉は清冷にして汲めどもつきぬ麗泉なり。 寛政元年以来、清水村の人達は農期に渇をいやし又酒造の仕込水として利用しその恩恵を 感謝し、守護神として不動明王を祀り家内安全無病息災を祈った。 ここにかって水の恩恵により酒造りを行った酒造家が相計り後世の人に、その由来を 伝えんが為、この碑を建立する」と由来の碑が。 水を汲みに来てたおばあちゃんに聞くと、現在でも一軒の酒蔵がこの水を使って醸造してるとか。 JR七尾線の本津幡駅と中津幡駅の間、清水踏切のすぐ近くです。

 石川県河北郡津幡町字清水



馬坂不動の水 mizu馬坂不動の水(うまさかふどうのみず) 2002年2月訪問

 金沢散策の八坂・馬坂コースの中の一つ、天神町から宝町へ登る馬坂。 「昔、田井村の農民が小立野へ草刈りに行くため、馬をひいて登ったのでこの名がついた。 曲がりくねっていたことから六曲り坂ともいわれていた。」
坂の途中に馬坂不動尊があり、不動尊を祀る小さなお堂の下の龍神の口から水が流れ落ちています。 水源は岩の上方にある前田利家公の九女である福の菩提寺・高源院の庭とか。 なぜか3分間隔ほどにドット水が落ちてきます。 昔の水源とは違うのかも。 近所の人に聞くと、「目に効く水」としてテレビでも紹介されたことがあるとか。

 石川県金沢市宝町



笠舞の大清水 mizu笠舞の大清水(かさまいのおおしみず)

 金大工学部の近く、笠舞の住宅地の中に静かに湧き出しています。石垣で囲まれた十畳ほどの浅い池になってます。 あふれ出した水は小さな小川になって流れています。 昔はこのあたりに田畑がまだたくさんあり、農家の人の生活用水、牛の飲み水、かんがい用水にと 幅広く使われていたとか。今は飲用には(・_・?)ハテ。 周囲に住宅が密集し、地元の方に聞かないとたどり着けない感じです。私メの場合は、 親切なおばさんに車も止めさせてもらって、 おまけに現地まで案内していただきました。「なにか研究してるんですか」と聞かれ、 ただの名水めぐりとは言えずに(^_^;)くちごもってしまった私メです。立てかけてある看板には、 この清水の使用権利者の名前が。

 石川県金沢市笠舞一丁目



すいはの水 mizuすいはの水 2000年3月訪問

 霊峰白山の雪どけ水が手取川の伏流水として湧き出る水です。昭和初期、吉岡さん宅を守護する すいは観音様が夢枕に現れ、「水は命なり、命は水なり」の水の尊さ、大切さを世の多くの人々に 伝えよとのお告げを受け、吉岡さんが掘った水です。観音様の名をとり「すいはの水」と命名。 裏庭の井戸から玄関先まで水を引いて、誰でも汲めるようになっています。 多くの人が病気治療やお茶用にと汲みに訪れる霊験あらたかな水です。 JR美川駅から美川中学校方向へ徒歩10分です。

 石川県白山市(美川町)神幸町



シロコダの水 mizuシロコダの水 2000年3月訪問

 藩政時代から湧き出ている水で、国道8号線から約500mの田んぼの中、白山の山々を 眺められるところにあります。昭和12年から、上水道に切り替わる昭和55年まで、 簡易水道として全家庭に給水されていた貴重な水源であったとか。 「根上ふるさと五十三次」の探訪コースにもなっています。 JR寺井駅から車で5分です。

 石川県能美市(根上町)西任田町



浜清水 mizu浜清水(はましみず) 2001年12月訪問

 新記さん宅の横の案内板に「浜清水 末期の水」の由来が。『山を背にした「根上り」の地域では、生水(しょうず)のよく出るところが3か所 あり、その一つの新記家では溝を掘って池に溜めていた。水量も豊富だった昔 (大正の頃)は、この水で水車を回し、米かち用として利用していた。 この新記家の水は、「末期の水」として近在に知られ、一升ビンを持って もらいに来る人も多くいた』
 JR北陸本線「寺井駅」から車で5分、県道金沢美川小松線沿いにあります。

 石川県能美市(根上町)高坂町


浜清水

 新記さん宅で、現在も野菜洗い等に使われています。小学校の子供たちも「我が町の自慢」ということで見学にくるとか。



仏大寺の霊水堂 mizu仏大寺の霊水堂(ぶつだいじのれいすいどう) 2001年12月訪問

 標高402mの観音山は奈良平安時代から白山信仰の霊場で、明治中頃までは女人禁制の霊地であったとか。 中山間地域総合整備事業で水汲み場もきれいに整備されています。 たくさんの人が水を汲みに来ておいでて熱気に圧倒されます。私メが行ったときも10台ほどの車が。 2km程手前の林道入口には大判焼きの屋台まで( ;^^)ヘ..。
 辰口の中心部から車で15分、仏大寺の集落から林道を入った山の中腹にあります。

 石川県能美市(辰口町)仏大寺



弘法池の水 mizu弘法池の水(こうぼういけのみず) 2001年6月訪問 《環境庁名水百選》 動画(48秒)

 源を白山に発する手取川の中流、鳥越村釜清水地区にあります。国道157号線を金沢から鳥越村へ、 下吉野信号を右折して黄門橋を渡って釜清水信号を右折50mです。 岩のくぼみが釜のような形をしていることから古くから釜池と呼ばれ、そこから釜清水という地名も生まれたとか。
   次のような伝説が伝わっています。 『昔、夏の暑い日弘法大師がこの村へ御巡錫なされた時、庄屋の縁で御休息になり、その家の老婆に水を求められたが、 村は水に乏しく、飲料水には手取川の水を汲んでいました。老婆は『少しお待ち下され、ただ今汲んで進ぜましょう。』 と言って、川に通ずる険しい谷道を降りて手桶にいっぱいの水を汲んでさしあげました。大師はその親切を喜ばれ、 お持ちになっていた錫杖をぐさっと岩に突きさし、ぐりぐりえぐって穴を作られました。すると不思議や穴の底から 勢いよく清冽な水が湧き出しました。庄屋の老婆をはじめ村人は非常に喜んで、この水を弘法様の水と称して 村中が飲料水として利用するようになった。』
 池の前にはこの伝説にちなんで弘法大師像が安置されています。昭和53年に簡易水道が設けられるまで、周辺住民の 飲料水として利用されていたとか。

 石川県白山市(鳥越村)字釜清水


弘法池の水

 全国でも数例しかない「おう穴(急流の河床の岩石面に生じるナベ状の穴)湧水」です。おう穴の大きさは、外径約150p、 内径約70p、深さ約190pです。持ち帰りようにポンプが設置されています。



女生水 mizu女生水(おんなしょうず) 2000年3月訪問

 山代温泉の総湯「温泉浴殿」から歩いて一分ほどのところにあります。 昭和31年に上水道が整備されるまでは、地元の人々の貴重な飲料水であり、 大聖寺藩の三生水の一つとして年間を通じてこんこんと湧く 地元温泉旅館の飲料水として極めて重要な水であったそうです。 水道が普及した今でも、その伝統は受け継がれ、大切に守られています。 旅館に働く女衆(接待さん)の水汲み作業は朝夕続き、その往来は絶えず 何時ごろからか誰言うともなく女生水と呼ばれるようになったとか。 なお、近くには「男生水」と呼ばれる湧き水もあります。 昭和12年、山代の大火の時にはこの清水のおかげで延焼が免れたとして、 「女生水」と同様、大切に守られています。それぞれの生水には地蔵尊がまつられ、 「男生水」の地蔵は、水掛地蔵と呼ばれ、お参りすると子宝に恵まれるといわれているとか。

 石川県加賀市山代温泉



桂清水 mizu桂清水(かつらしみず) 2000年3月訪問

 山中温泉の入り口付近、旧国道364号線沿いにある湧水です。 前には山中消防署があります。崖の岩場に、周囲8m、高さ15m、樹齢500年という桂の巨木があり、 この根元の岩場から水が湧き出ています。 昔は山中温泉の玄関口でもあったため、浴客の送迎の風景がみられ、山中節にも 「桂地蔵さんにわしゃ恥かしゃ 分かれ涙の顔みせた」と唄われています。

 石川県加賀市(山中町)西桂木町


桂清水

 桂の木の陰の岩間から湧き出しています。



医王寺の甘露水 mizu医王寺の甘露水(いおうじのかんろすい) 2000年3月訪問

 山中節の一節に「東ゃ松山、西ゃ薬師」と唄われ、古くから山中温泉の 守護寺として親しまれている医王寺です。聖武天皇の天平年間(739年〜 748年)僧行基が開基した寺と伝えられています。寺の境内に水無山から 湧き出す滝があり、それが手水として引かれています。 国道364号線沿いにあります。

 石川県加賀市(山中町)薬師町



水上の水 mizu水上の水(みずかみのみず) 2000年3月訪問

 国道364号線から平岩橋を渡った菅谷地区、ここの八幡神社の境内の入り口に 樹齢300余年の国指定天然記念物「三又の大杉」があります。この神社の裏山にこの水の湧き出して いるところがあり、山を所有している佐竹さんが庭までパイプで引いて、 飲料水として使用されています。美味しいコーヒー用にと、山中町のある喫茶店主も 常連さんとか。

 石川県加賀市(山中町)菅谷町



※他にも金沢市環境保全課さんが、 金沢わき水マップ ページで、私の行ってないとこをいくつか紹介されています。


[参考文献]
 北陸の名水 1995年 潟Vー・エー・ピー発行 北陸電力株式会社企画
 名水百選 1985年 鰍ャょうせい発行 環境庁水質保全局水質規制課監修
 月刊北國アクタス10月号 1999年 北國新聞社発行 北國新聞社編集


【富山の名水めぐり】 【トップ(名水の館)へ戻る】 【嶋くん(水商売!)へ戻る】